第8話 VS吉木大地(3)

「……という感じで付き合い始めたんだ」

 飛鳥井さんとの出会いを話し終えた僕は心地よい疲労感を感じていた。

 話す前は恥ずかしかったが、一度話し始めると語ることは尽きず、思いのほか語りに熱がこもってしまった。喉が渇いたので、水を口に含む。

 反応を伺おうと吉木くん、恭平、高山さんの顔を順番に見る。

 すると、三人とも何故か憔悴した顔をしていた。

「みんな、どうしたの?」

 たまらず問いかける。

「……いや、長えよ」

 恭平がポツリと漏らした。

「えっ?」

「だから長えよ。話の腰を折るのは悪いと思ってずっと我慢してたけど、もう無理だ。話が長すぎる。頼むから、もう少しコンパクトに話してくれ」

 吉木くんと高山さんに視線を向けると、彼らも苦笑しつつ頷いていた。

「そっか。……ごめん」

 小さく頭を下げる。

 言い訳はしなかった。僕自身、話しているうちに気持ちよくなっていた自覚があったからだ。

「……まったく」

「ごめんって」

 そう言って、ごまかすためにわざと音を立てて麺をすする。

 スープが冷めて麺がのびてしまっていた。僕の話は自分で思っているよりずっと長かったのだろう。

 恭平もそれ以上責める気はないようで、すぐに話題が転換した。

「……それにしてもよ。その飛鳥井美羽の告白、変じゃないか? 拓実が告白してから一晩の間に何があったんだよ」

「さあ?」

 恭平の疑問ももっともだ。有頂天になっていた当時の僕は何も考えず彼女の告白を受け入れたが、冷静になった今では怪しく感じている。

 どうして一晩経っただけで、振った相手に今度は自分から告白することになるのだろうか?

「原田は、飛鳥井から何か要求されたりとかしなかったか? 交換条件みたいな」

 吉木くんが尋ねてくる。普通はそう考えるのが当然だろう。

 しかし、僕らの場合は違った。

「ううん、何も。むしろ飛鳥井さんの方から『何か不満があったら言ってね』って言われたくらい」

「あの飛鳥井美羽がか? 本当に?」

 恭平は信じられないという表情を浮かべている。

「ホントホント。……きっと僕の誠意に心を打たれたんだよ」

「でも、すぐ別れたじゃねえか」

「まあ、そうだけどさ……」

 わざわざ言わなくても良いじゃないか。さっきから恭平の当たりが強い。

 それだけ僕の長話が不快だったのだろうか?

「拓実じゃ話にならない。高山は何か知らないのか?」

 高山さんの肩が小さく跳ねる。そういえば、ずっと会話に参加していなかった。

 最初の食いつきからして興味がないこともないだろうに不思議である。もしかしたら真相を知っているから黙っているのかもしれない。僕は予想する。

 しかし声を掛けられた高山さんは、すぐに首を横に振る。

「私も知らない」

「そうか。……親友でも知らないか」

「ごめんなさいね」

 馬鹿にされているように感じたのか、高山さんは露骨に不機嫌になる。

「まあまあ。……それで、付き合ってから変わったことなかったんだよな」

 不穏な空気を察して、吉木くんが軌道修正を図る。僕には本来敵であるはずの彼が一番頼もしく感じられた。

「うん。付き合ってからは周りから恨まれたりもしたけど幸せだったな。変わったことはなかったと思うよ。だけど、別れを切り出されるのは早かった。付き合い始めて一ヶ月もせずにだからね。それが昨日のこと」

 途中で恭平が睨んできたので、今度はなるべく簡潔にまとめた。

「そこから先は知っての通り。別れた直後にもう一度付き合いたいとすがりついた僕が、『元カレぶっ潰す委員会』を立ち上げて、こうして吉木くんと戦っている」

 ついでなので、最後まで話してしまう。別れて以降の話はする必要が関係なかったかもしれないが、誰もそんなことを気にする様子はなかった。

「それにしても、聞けば聞くほどわからないな」

 恭平がぼやく。

「まあ、この対抗戦が終われば飛鳥井さんに直接訊けるんじゃないかな」

 すると、友秋は大きく目を見開いた。

「お前はそれで良いのか?」

「う、うん」

 言った瞬間に「しまった」と思った。さっきまでのことがあるので、怒られるのではないかと本能的に構えてしまう。

 しかし、恭平は「そうか」と一言だけ呟いて黙ってしまった。怒られたいわけではなかったんだけど、これはこれで調子が狂う。

 恭平が黙り込んでしまったので、途端に空気が重くなった。

 どうしたものかと思っていると、唐突に吉木くんが小さく挙手した。

「すまん。話が一段落したということでちょっと良いか?」

「どうしたの?」

 今度は、吉木くんの様子に身構える。心なしか真剣な表情に見えたのだ。

「そろそろ替え玉を頼みたいんだが、原田はどうだ?」

 安堵の息を吐く。

「ああ、なんだ。そんなことか」

 きっと吉木くんは、僕の食べる量を超えないように、ずっと替え玉を我慢していてくれたのだろう。

 部活でお腹が空いているだろうに、申し訳ないことをした。

「あと一杯くらいならなんとか……」

「了解。……すいませーん。替え玉二人前」

 僕の答えを聞くやいなや、吉木くんはすぐに注文する。

「ありがとう」

「んっ? 何がだ?」

 僕が感謝を伝えると、吉木くんは心底不思議そうな顔になった。

 あれっ? もしかして何か食い違ってる?

「今、僕の分も頼んでくれたでしょ」

 恐る恐るそう言うと、吉木くんはやっと得心いった顔になる。

「違うぞ。二玉とも俺が食うんだ」

「えっ……?」

 その瞬間、血の気が引いた。

「原田もそれ食べ終わったら二人前注文しろよ」

 吉木くんが冗談を言っていないことは目を見ればわかった。だが、突然の心変わりの理由だけはどうしてもわからなかった。

「……どういうこと? 応援してくれるんじゃないの?」

「気が変わったんだ。……考えたんだけどさ、お前はもう飛鳥井と関わらない方が良いと思う」

「どうして?」

 思ってもみなかった吉木くんの回答に、反射的に声が出た。

 焦って取り乱す僕とは対照的に、吉木くんはきわめて冷静だった。まるで聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるように言う。

「話を聞いた限り、お前は飛鳥井のことを神聖視している。あいつのことを特別な人間か何かと勘違いしているんじゃないか? もしそうなら、このまま飛鳥井と一緒にいると、お前はゆくゆく駄目になる。そんなこと、友人として看過できない」

「待ってよ。そんなことない」

 身を乗り出し、前のめりになる。

 神聖視? 何を言っているんだ? 吉木くんの言葉が理解できない。

 それなのに、僕は何も言い返すことができなかった。

 吉木くんはさらに続ける。

「それによ、『元カレぶっ潰す委員会』って何だよ。要するに、別れた後でも飛鳥井のことが忘れられなくて、自分以外の元カレに嫉妬してるってことだろ?」

「……違う。そうじゃない」

 かろうじて否定の言葉を絞り出す。

「知ってるか? そういうのを世間ではって言うんだぜ!」

 吉木くんの口調にどんどん熱がこもってくる。僕は否定するので精いっぱいだ。

「ち、違う!」

「いいや、違わない! お前は……」

「お前ら、周りの迷惑だろ。抑えろ!」

 恭平の一喝で我に返る。周りを見渡すと、他の客たちの視線を集めてしまっていた。顔が赤くなる。隣を見ると高山さんも非難の目を向けている。

「……ごめん」

「俺もスマン」

 二人で謝る。だが、問題が解決したわけではない。

「……どちらにしろ、あれが俺の本音だ。これについては撤回するつもりはない。もし違うというのなら証明して見せろよ」

「望むところだ」

 吉木くんに勝負を持ちかけられた。ここからが本当の勝負だ。

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