第6話 VS吉木大地(2)

 対決の舞台に選ばれたのは、学校近くの中華料理屋「きんちゃん飯店はんてん」だった。ここを選んだ吉木くんによると、今日はラーメンの替え玉が無料の日なのだという。

「いらっしゃーい」

 中に入ると、店内はこれぞ町中華といった雰囲気だった。気のよさそうな見た目の五十代くらいのおじさんが厨房で鍋を振り、彼の妻らしき恰幅の良い女性と、大学生くらいのバイトらしき男の人が接客をしている。

「そこのテーブルで良いよな」

 勝手知ったる様子で長方形のテーブルの奥の席に吉木くんが座り、僕たち三人はそれに続いて座る。僕から見て、机を挟んだ正面に吉木くん、その隣に恭平、僕の隣に高山さんが座っている。

「吉木はよく来るのか?」

「ああ、野球部でな。すっかり常連だ」

 周りを見回すと、他にも同じ高校の制服を着た坊主頭が数人いた。

 知り合いがいる場所でやりにくくないだろうか?

 そう思ったが、吉木くんなら気にならないだろうと一人で結論づける。彼は良い意味でおおらかな性格だ。

「ルールは、お互いにラーメンを注文して、俺が替え玉したら原田も替え玉する。それで、原田が食い切れたら原田の勝ち。食い切れなかったら俺の勝ち。……と、こんな感じでどうだ?」

「良いと思う」

 僕は頷く。面倒くさい言い方をしているが、要するに吉木くんの食べるペースに僕が最後までついていければ勝利ということだ。

 正直、大食いにそれほど自信がなかった(加えて、大食い対決になると予想してなくて、ファストフード店でポテトとナゲットを三人でシェアして食べた)ので、同量でも勝利になるというのはとてもありがたかった。

「お前らは注文、何にする?」

 吉木くんが恭平と高山さんにそれぞれメニューを手渡す。

 僕と吉木くんの注文は言わずもがなラーメンだ。

「俺もラーメンでいいや」

「じゃあ、私も」

「了解。……すみませーん」

 吉木くんが声をかけると、店員の女性が近づいてきた。

「おばちゃん。ラーメン三つと一つ」

「あいよー」

 店員の女性が注文を受けて厨房に下がったのを確認して、恭平が小声で訊ねる。

「おい、いつものって何だ?」

 すると、吉木くんはさも当然のように答えた。

「ここ、野球部が代々お世話になっている店で、俺たち専用のメニューがあるんだ」

 僕は自分たちより先に来ていた野球部員のテーブルを盗み見る。すると、そこにはラーメンに加えて、ご飯とおかずが運ばれてきていた。あれが野球部の「いつもの」なのだろう。

 しかし、僕らが気になっているのはそんなことではない。

「えっと……僕たち、同じものを食べるじゃないの?」

「練習後だから、ラーメンだけだと足りないんだよ。安心してくれ。ラーメン以外は勝負とは無関係だ。俺がただ食べたいだけ」

「いや、そういうことじゃなくて……」

 これでは何のためにじゃんけんを断ったのかわからない。

 しかし、そう指摘しようとした僕を恭平と高山さんがなだめる。

「まあ、良いじゃないか。吉木が食べたいって言ってるんだから」

「そうよ。ハンデは貰っときなさい」

 二人とも、吉木くんの行動について大して気にしている様子がない。

 僕が過剰に反応しすぎているだけなのか? 

 まあ、考えてみれば、僕だってここに来る前に軽く食べてるしな……。人のこと言えないか。

「んー。まぁ、吉木くんが良いなら……」

「良いに決まってるだろ」

 そう言うと、吉木くんは声をひそめて続ける。

「……ぶっちゃけさ、俺は原田に勝ってほしいんだよね」

「そうなの?」

 驚いたふりをしたものの、実は大して意外でもなかった。むしろ、さっきまでの態度を見ていれば納得なくらいだ。

「だからあっさり対決を受けてくれたんだな」

 恭平はつまらなさそうに言う。

「そういうこと。俺は未練なんてないから、飛鳥井が誰と付き合おうがどうでもいいし、それがクラスメイトの原田だって言うなら全力で応援する」

 もはや戦いという雰囲気ではなくなっていた。吉木くんが僕に勝ちを譲ってくれるつもりなら、わざわざ敵対する意味はない。

 そういえば、吉木くんに訊いてみたいことがあったのだ。

「……じゃ、じゃあさ、せっかくだし吉木くんが飛鳥井さんと付き合ってた頃の話を聞かせてよ」

 僕はグイッと前のめりになって尋ねる。

 実は吉木くんが飛鳥井さんの元カレと知って以来、ずっと気になっていたのだ。自分と同じ飛鳥井さんの元カレ。共感できることもあるはずである。

「付き合っていた頃の話?」

「そう。さっきまでは対決相手ということで遠慮してたんだけどさ。もうそんな雰囲気じゃなくなっちゃったわけだし、いいでしょ?」

 すると、吉木くんは考え込む様子を見せた後、そっぽを向いて小さく呟いた。

「構わないけど、たいして面白くもないぞ」

 その言葉がかえって僕の興味を引いた。さらに、横をチラリと見ると高山さんも興味がありそうな顔をしていた。やはり、女子は恋愛トークが好きなのだろう。

「いいじゃん。聞かせてよ」

 ラーメンはまだ来そうにない。観念した吉木くんはため息をついた。

「わかった。話してやるよ。……そうだな。俺たちが付き合い始めたのは、確か去年の夏休みが終わったころだったな。飛鳥井から告白されて付き合ったんだ。クラスが違ったから飛鳥井がどんな奴かは知らなかったけど、同級生にとんでもなく美人なやつがいることは知っていた。だから俺も告白されたその場でオーケーしたんだ」

「えっ! 飛鳥井さんから告白されたんだ」

 驚いた。てっきり、吉木くんの方から告白したものだと思っていた。

 それは恭平も同じだったようで、彼も驚いた顔を見せていた。

 しかし、高山さんだけは既に知っていたようで、すました顔をして静かに先を促している。

「つっても、部活が忙しくてデートすらほとんどしなかったけどな。飛鳥井が俺のどこを好きになって告白したのかも分からねえ。それで二ヶ月くらい付き合って、俺の方から別れを切り出したんだ。その時のあいつの態度は随分とあっさりしたものだったよ。俺が『別れよう』って言ったら『そうね』だってさ。あいつが中学時代、結構頻繁に彼氏を変えてたって話は、別れた後に同級生から聞いたんだ。そんなやつだから、どうせ俺に告白したのも何かの気まぐれだったんだろうなって今では思うよ」

 吉木くんは嘲笑しながらそうまとめる。

 話があまりにあっさりと終わったので物足りないような気持ちになったが、なんとなくこれ以上深掘りしてはいけないような気がして口をつぐむ。

 横を見ると高山さんが吉木くんに対して何か言いたげな視線を向けていた。しかし結局口をもごもごさせるだけで、何も言わなかった。

「おまちどおさま」

 料理が運ばれてきた。

 僕たち「元カレぶっ潰す委員会」の三人の前にはラーメン。吉木くんの前にはラーメンと、大きな唐揚げが三つ乗った皿と、白米が高く盛られた茶碗が置かれた。

「というか、原田はどうなんだよ」

 割り箸を割りながら吉木くんが尋ねてくる。

「えっ? 僕?」

「お前以外に誰がいるんだよ。お前だって話せることがあるだろ?」

 話を振ってきた吉木くんは、仕返しだとばかりににやけている。

「いや、ちょっと待ってよ……」

 僕は「元カレぶっ潰す委員会」のメンバー二人に視線で助けを求める。

 しかし、

「そういや、ちゃんと聞いたことなかったな。俺にも聞かせてくれよ」

 恭平は吉木くんの悪ノリに便乗してにやけており、

「そうね。美羽はドライだからそういうの、あんまり詳しく話してくれないのよ。原田くんは美羽のどこを好きになったの?」

 高山さんは単純に恋バナへ興味津々だった。

 二人とも怖いくらいに目が輝いている。

「俺だって話したんだ。今度は原田の番だろ?」

 吉木くんは箸で僕を差しながら追い打ちを掛けてくる。

 いつの間にか、三人の視線が僕に集中していた。

 これはもう逃げられない。僕は悟る。

「……わかった。話すよ」

「おおぉ!」

 観念してそう言うと、三人は途端に色めき立った。

 仕方ない。吉木くんだってなんだかんだ言いつつ話してくれたもんな。僕だけ恥ずかしがってちゃ駄目だよな。

 お冷やで唇を湿らせてから、僕はゆっくりと口を開く。

「僕が飛鳥井さんと初めて会ったのは……」

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