第5話 VS吉木大地(1)

 ファストフード店でたっぷり二時間潰した後、僕たち「元カレぶっ潰す委員会」の三人は高校へ戻ってきた。飛鳥井さんの元カレの一人と合流するためだ。

 しばらく校門前で待っていると、スポーツバッグを斜め掛けした坊主頭の集団が歩いてきた。野球部だ。その中の一人、自転車を押しながら歩いていた男が僕たちに気付いて近づいてくる。

「おう、待ったか?」

 彼の名前は吉木大地よしきだいち。僕と恭平のクラスメイトであり、である。

 クラスメイトに一人いるとわかっているなら話は早い。どうせいつか戦うのだから話を通しておこうという恭平の提案の元、飛鳥井さんの教室から帰ってきた直後に、僕は吉木くんに声をかけた。

 その場でルールを説明し、放課後に吉木くんの部活が終わってから合流することを約束した。既に戦うことにも了解を得ている。

 つまりここから先、僕と吉木くんは敵になる。

「待ちくたびれたぜ」

 恭平が片手を挙げて応じると、吉木くんは「すまなかったな」と笑って謝った。敵同士だとは思えない、実に和やかな雰囲気である。

「お疲れさま。忙しいのにごめんね」

「いいってことよ。俺こそ無理言って悪かったな。結構待っただろ?」

「まあ、ちょっとだけ……」

 僕が話しかけても、やっぱり教室で話すのと変わらない調子で返してくれる。

 まあでも、敵である以前にクラスメイト同士なのだからしょうがない。緊張感に欠ける気もするが、険悪な空気になって気まずい思いをするよりは良いだろう。

「高山もありがとうな」

「別に気にしないで……」

 高山さんはぶっきらぼうに言う。なんだかんだ言いつつ、こうして残ってくれたのだから、僕からも彼女には感謝しかない。

「……んじゃ、さっさと始めようぜ」

 待ちくたびれたのだろう、早くも恭平が切り出す。

「ちょっと待って……」

 しかし、何事にも段取りが必要だ。戦いを始める前にしないといけないことがまだ残っている。

「その前にもう一回ルールを確認するね」

 僕は数時間前に決めたばかりのルールを口に出す。

「ルールは大まかに八つ。

 その一、双方合意の元に対決方法を決めて戦うこと。

 その二、必ず一対一で戦うこと。

 その三、高校生らしい健全な対決方法であること。

 その四、勝敗の判断は立会人の高山陽菜が行なうこと。

 その五、原田拓実が勝利した場合、その元カレは原田拓実を認めること。

 その六、原田拓実が敗北した場合、その元カレの言うことを何でも一つ聞くこと。

 その七、期間は全体を通して四週間。

 その八、期間内に原田拓実がすべての元カレを倒した場合、飛鳥井美羽と復縁できる権利を得る。……オッケー?」

「ああ、オッケーだ。改めて聞いてもシンプルだな」

 吉木くんはそう答える。

 ルールをシンプルにすることは、僕と恭平が一番苦労したところである。

 ルールが複雑な方が抜け穴が作れて、僕の勝てる可能性が高くなるかもしれない。能力で劣っている分、そういうところで取り返さなければ飛鳥井さんと復縁するなんて夢のまた夢だ。

 そんなことわかっている。だけど、それで勝っても意味はない。正々堂々戦って勝利して初めて、飛鳥井さんの隣に立つに相応しい男にはなれるというものだ。

「それで、確認なんだけど、本当に今日戦う?」

「あぁ、なるべく手短に終わらせようぜ」

 吉木くんは即答する。

 実は、今日の放課後に戦おうと最初に言い出したのは吉木くんだった。

 教室では説明を素直に聞いてくれたし、こうして部活後に時間を作ってくれる彼だが、本心では勝負自体を面倒に思っているようだ。今も早く終わらせて帰りたいという思いがひしひしと伝わってくる。

 案外、顔すら知らない他の元カレも含めて、彼らのスタンスはみんなこんなものなのかもしれない。僕たちだけ盛り上がって、彼らは勝負にまったく興味はない、みたいな。もしそうだったら、すごく馬鹿らしいな。

「今日はやたらと監督が厳しくてよ。もうヘトヘト」

 吉木くんは大げさに肩を落とす。

「なら、あんま疲れないのが良いよな。勝負方法は何にする?」

「そうだなぁ……」

 恭平が切り出すと、吉木くんは腕組みをしてうなりだした。

 そして数秒考え込んだ後、吉木くんは唐突に、僕の眼前に握り拳を突き出した。

「……『じゃんけん』なんてどうだ?」

「じゃんけん?」

「そうだ。平和的だろ?」

「いいんじゃない?」

 高山さんが先に賛同して、僕の顔を見る。彼女も本音は面倒に思っているようだ。楽に終わらせたいという願望が透けて見えた。

 僕は思考する。確かにじゃんけんなら事前の準備も要らないし、短時間で決着が付く。そして、なにより公平だ。双方に文句の付けようがない最適な提案にも思えた。

 だが、

「うーん……」

 僕は首を縦に振れなかった。

「不満か?」

「ちょっとだけ……」

 正直に答える。

 すると、にわかに恭平が慌てだした。僕の肩を掴んで揺さぶる。

「おい! 何を言ってるんだよ。せっかく吉木が良いって言ってるんだから、大人しく従っとけって」

 彼の考えも理解できた。せっかく僕が勝利できる可能性の比較的高い勝負なのだ。これで吉木くんが渋るのならまだしも、能力の劣っている僕が渋るのはどう考えてもおかしい。勝利を捨てるようなものである。

 しかし、僕にだって意地があった。

「ごめん。でも、こんなことで勝っても意味がないと思うんだ」

 元カレ対抗戦の最終的なゴールは、飛鳥井さんに認められ、もう一度付き合うことである。そのためには、価値のある勝利でないと意味がない。もし仮にここで吉木くんにじゃんけんで勝てたとしても、それで彼女が交際を受けてくれるとは、到底思えなかった。

「……んー、それもそうか」

 納得したのか、恭平が解放してくれた。

 吉木くんと目が合う。彼は僕の目を見て、肩をすくめた。

「だったら、じゃんけんはやめだ」

「……わがまま言ってごめん」

「謝るなよ。……しかし、だとすると何がある?」

 その時だった。吉木くんのお腹が盛大に鳴った。僕たちの視線が一気に彼に向く。

 吉木くんは練習終わりでくたくただと言っていた。当然、空腹だろう。

 注目を浴びた彼は少し照れて顔が少し赤くなっていた。

「……なら、大食い対決でもするか?」

 吉木くんが照れ隠しにポツリと呟くと、その提案に恭平が食いついた。

「大食いだってよ。拓実、これならどうだ?」

「えっ? そうだなぁ……」

 大食いは一応、実力勝負である。少なくとも、じゃんけんよりはマシな勝負に思えた。それに、吉木くんがせっかく僕のために時間を作ってくれたのだからという負い目もあった。

「そうだね。吉木くんが良いなら」

「俺はさっさと終われば何でも良いぞ」

「よし! じゃあ、決定だな」

 いつの間にか恭平が仕切っていた。四人は並んで歩き出す。

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