第4話 勧誘
放課後。学校近くのファストフード店にて。
「なるほどね。どうりで今日一日、美羽の様子が変だったわけだ」
僕と恭平の向かい側に座った
高山さんは飛鳥井さんが一番信用している友人だ。親友と言い換えても良い。彼女とは僕も飛鳥井さんと付き合っていたときに話をしたことがある。サバサバとしているが友達思い。それが彼女に抱いた印象だ。
では僕たちはどうして今、彼女とファストフード店で向かい合っているか。
この状況について説明するためには、今朝、僕たちが「元カレぶっ潰す委員会」を結成した直後まで時間を遡らなければならない。
協力を表明してからの恭平の行動は迅速だった。
僕の望みを実現するために何が必要かを考え、それをリストアップしてくれた。
彼いわく、僕たちが取り急ぎしなければならないことは、大まかに分けて三つあるという。
一つめは「ルールの整備」。
二つめは「飛鳥井さんの許諾を得る」。
三つめは「協力者との交渉」。
一つずつ説明しよう。
まず、「ルールの整備」。
この戦いはそもそも、感情にまかせた僕の発言に端を発するものである。当然の如く、そこにルールは一切定まっていない。しかし、ルールのない戦闘はただの喧嘩である。そんことをすれば、周りの人間や大人に邪魔されかねない。この戦いの正当性を主張するためにも、最低限のルールは必要だろう。それに、事前にルールを定めておけば物騒な展開にはならないだろうし、ルールの穴をつけば僕でも勝機を見いだせるかもしれない。さらには、二つめの「飛鳥井さんの許諾を得る」のためにも、ルールは必要というのが恭平の言葉である。
次に、「飛鳥井さんの許諾を得る」。
この戦いにおける僕の最終目標は、飛鳥井さんとよりを戻すことである。そのためには、飛鳥井さんの意思を無視することは出来ない。昨日の出来事について謝罪し、その上で正式に約束を取り付ける。そうして初めてこの戦いは幕を開ける。
最後に、「協力者との交渉」。
飛鳥井さんはその美貌と、文武両道に優れた完璧性から間違いなく学校一の有名人なのだが、こと恋愛についてだけは徹底的に秘密主義な人だった。なんでも、恭平ですら、飛鳥井さんの元カレが全員で何人いるか知らないという。恭平が存在を知っている元カレは、野球部のエースと学校一のイケメン(と僕)だけ。僕なんて転校生なうえに、飛鳥井さんと付き合っていた頃は元カレの話題を徹底的に避けていたので、なんだったら恭平より情報が乏しい。だから、僕の計画のためには、飛鳥井さんの恋愛事情に詳しい人間の協力が必要だった。
すでに一つめと二つめはクリアしている。授業の間の休み時間に二人でルールを必死に考え、昼休みには飛鳥井さんの元へ行って話をしてきた。
昼休みに話した飛鳥井さんは、昨日のアレが本気だったことに驚いた様子だったものの、戦い自体には一切反対しなかった。正直拍子抜けだったくらいだ。
飛鳥井さんの教室からの帰り道。僕は上手くいったと胸をなで下ろしていたが、恭平は対照的に憤慨していた。「なぜ?」と訊いても「自分で考えろ」としか言わなかったので、その怒りの意味はわからない。
なんにせよ、残ったのは三つめの「協力者との交渉」だけだ。そこで協力者として恭平が指名したのが高山さんだった。
放課後。帰宅しようとしていた高山さんに声をかけ、話をする約束を取り付けた。
初めは訝しげだった高山さんだったが、飛鳥井さんについての話だと言うと、しぶしぶ交渉の席に着いてくれることになった。
その後、ゆっくりと話が出来るファストフード店に移動し、昨日の教室での出来事と、今朝の「元カレぶっ潰す委員会」結成と、そして昼休みの飛鳥井さんとのやりとりを、高山さんに説明したというわけだ。
「経緯はわかった。……で、あなたたちは私にどうしてほしいわけ?」
高山さんは僕をじっと見つめてくる。その視線からは小さな不信感が読み取れた。
僕が口を開くよりも先に、恭平が答えた。
「俺たちの仲間になってほしい」
恭平の勧誘に、高山さんは小さく首を傾げる。
「仲間ってアレのこと? あの、ダサい名前の……『ぶっ倒す連合』だっけ?」
「……『元カレぶっ潰す委員会』だ」
「そう、それ。要するに、それに入って協力してほしいってこと?」
「そういうことだ」
恭平は頷く。
すると、高山さんは少し考える様子を見せてから、こう問いかけてきた。
「それって、私に何のメリットがあるわけ?」
――やっぱりそれが気になるよね。
僕は心の中でそう呟く。
実は高山さんの協力を得るにあたって、それが一番の不安要素だった。
高山さんが元カレぶっ潰す委員会に入った場合の、僕たちのメリットはわかりやすい。飛鳥井さんの元カレの情報だ。
しかし、高山さん本人にはいったいどんなメリットがあるというのか。考えてみたが、僕には何も思いつかなかった。恭平が「まあ、大丈夫だろ」と言っていたので、今はそれを信じるしかない。
恭平は言う。
「お前はあの飛鳥井の親友だ。ここまで首を突っ込んでおいて、傍観者のまま満足できるのか?」
「……」
高山さんは黙り込む。
どういう意味?
思わず恭平にそう訊きかける僕だったが、それより先に高山さんが呟いた。
「……確かにそうかも」
僕には何が「確かに」なのか少しもわからなかったが、どうやら高山さんは納得してくれたようなので、口を挟まない。
「それで、どうする? ぶっ潰す委員会に入ってくれるか?」
恭平が再度問う。
それに対し、高山さんは少し考え込む様子を見せた後、おずおずとこう言った。
「……確認するけど、美羽は本当に『原田くんが元カレに勝ったら復縁する』って約束したんだよね?」
「ああ、確かに言ってたぞ。なあ、拓実。そうだよな?」
「……うんっ」
恭平に同意を求められ、僕は慌てて頷く。
にわかに信じられない話だろうが本当だ。飛鳥井さんは確かに約束してくれた。
「美羽を裏切るようなことは絶対にしないから……」
「わかってる。俺たちもそんなことをさせるつもりはないから安心しろ」
それが決め手になったようだ。
「わかった……。だったら協力する」
高山さんは観念したように言った。
こうして、高山さんは「元カレぶっ潰す委員会」の一員となった。
「助かる。歓迎するぞ」
「よろしく」
ところで今、気付いたのだが、今回の勧誘において、僕はほとんど貢献できていない。それどころか、片手で数えられるほどしか発言していない。恭平と高山さんの二人だけで会話が進むものだから、完全に話に入りそびれてしまった。一番の当事者なのに仲間はずれみたいでなんだか寂しい。
しかし、そんな僕のことなど気にかけず、二人はこれからのことについて話し合っている。
高山さんは言った。
「あなたたちには、美羽の元カレの情報を提供すればいいのね」
「ああ。それなんだが……」
恭平にばかり任せるわけにはいかない。
彼が話そうとしたのを遮り、僕は勇んで口を開く。
「それもお願いしたいけど、高山さんにはもう一つ頼みたいことがあるんだ」
すると、高山さんは訝しげな顔を僕に向けてくる。
「それはどういう?」
飛鳥井さんに害のある提案なら、即座にはねつけてやろうという目だ。
その視線に怯むことなく僕は答える。
「高山さんには、僕と元カレとの戦いの立会人をしてほしいんだ」
僕の最終目標は飛鳥井さんと復縁することである。そのためには、飛鳥井さんの元カレ全員に勝利し、そのことを飛鳥井さん本人に認めさせなくてはならない。
では、そのためには何が必要か?
答えは、公平な立場で勝敗を判定する立会人の存在である。
僕たちが立てた当初の予定では、飛鳥井さん本人を戦いに連れて来て、直接判断してもらうつもりだった。しかし、昼休みの時間に飛鳥井さん本人と話をしたところ、これらの一連の戦いに直接関わることを彼女はとても嫌がった。なんでも元カレと顔を合わせるのが気まずいらしい。
そうなると、中立の立場もしくは飛鳥井さんと親しい人物にその役割を頼むしかない。戦う本人である僕や、僕に肩入れしている恭平が勝敗を判断するのは論外だ。
そして、こうして白羽の矢が立ったのが、僕にも元カレにも特別な肩入れをしておらず、親友ということで飛鳥井さんからの信用もある高山さんというわけだ。
彼女なら嘘を疑われることはないだろう。
「……なるほど。そういうことね。だったら、そっちも了解」
高山さんは指でOKを作ってそう言う。
心配ではあったが、了承してくれて良かった。とりあえず一安心だ。僕は胸をなで下ろす。
しかし、ホッとしたのも束の間。高山さんは唐突に帰り支度を始めると、自分のカバンを掴んで立ち上がった。
「それじゃ、そういうことで……」
いきなり帰ろうとする高山さん。
恭平が慌てて引き止める。
「おい、ちょっと待て。何のつもりだ?」
高山さんは面倒くさそうに足を止めた。
「話はもう終わりでしょ?」
「ルールの説明がまだだろ」
「それって、また今度じゃ駄目? 今日はもう疲れたんだけど」
「駄目だ。急ぎの用事がないなら残ってほしい」
「僕からもお願い」
手を合わせて頼み込む。
情報が多くて疲れたのもわかるが、高山さんにここで帰られると困ったことになってしまう。早速、彼女の協力が必要な事態なのだ。
「どうしてそこまで?」
僕たちの必死な様子に、高山さんは不思議そうに首を傾げている。
「実は……」
そう前置きをして、僕はゆっくりと告げる。
「この後、飛鳥井さんの元カレの一人と会う約束をしているんだ」
「えぇっ?」
高山さんは思いの外、良いリアクションを取ってくれた。
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