[28] 遭遇

 故奇玖は山に住んでいる。少なくともRはそう聞かされてきた。

 幼い頃はそういうものがいるとなんとなく信じていた。けれども小学校を卒業する時には、冷静に考えたらいるわけないよなあと思うようになっていた。

 そんなものだ。


 一番よく話してくれたのは祖母だった。祖母は桃太郎やかちかち山といった昔話と並列して故奇玖のことを語っていたように思う。

 故奇玖は犬でも狐でもない。どちらにもなれなかった。一代限りの変種で後にはつづかない。

 毛並は黒に近い灰色で大抵がりがりにやせ細る。色艶は悪くがさがさだ。

 群れを追い出されて寂しく生きている。

 食うためにはなんでもするやつだ。機会とあらばどんなものでも襲いかかる。

 牙は鋭く尖っている。一度噛みついたら決して離さない。


 それが現実に存在するのだと祖母が信じていたかは定かではない。父も母も到底信じてはいなかった、言うこと聞かないと故奇玖がやってくるぞとその名前を使うことはあったとしても。

 今の子供たちはどうだろうか。

 村に暮らしている子供の数は非常に少ない。そもそも彼らは故奇玖の名を聞いたことすらないかもしれない。大人たちがそんなお話をしてくれないから。


 Rは故奇玖を見たことがある。

 30代半ばの話だ。山菜をとりに山を分け入っていたところ出くわした。

 藪をかき分けたらちょうど目の前にそいつがいた。皮と骨ばかりで惨めなやつだと思った。

 だがその目は黒く濁っていながらぎらぎらとした輝きを失ってはいなくて、Rの脳裏に祖母の言葉が浮かび上がった。

 食うためにはなんでもするやつだ。機会とあらばどんなものでも襲いかかる。


 背中を見せずにそのままじりじりと後退する。それがいるであろう藪から遠く離れてはじめて振り返ると全速力で山を駆け下りた。

 村の大人たちの間でこの話が共有され、山に入る場合は警戒すること、それから子供を山に入らせないことが決まった。そのおかげかはわからないが、村の人間に被害はなかった。

 同じ時期に他所から来た登山客が1人いなくなったというが、故奇玖と関連があるかはわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る