[26] 散歩

 Pは犬を飼っている。

 犬は家でうんこをしない。習慣が身についた時期もあったが、ケガをやって途切れたせいで忘れてしまった。

 仕方がないので毎日散歩に出かけている。

 ちょっと足をのばしたところにある池をぐるりとまわる。行って帰ってくるのにだいたい1時間かかる。


 冬のその日は小雨が降っていた。天気予報を確認したところ1日晴れることはないようだったので、Pは傘をさして散歩に出かけることにした。

 道は舗装されているが木々は茂って視界が悪い。曇り空が薄暗さに拍車をかける。

 そんな日でも犬は行ったり来たり立ち止まったりで忙しい。当然だがその相手をしているせいで普通に歩くよりずいぶんとくたびれるものだ。


 全体の行程の5分の4あたりのところに芝生の広場がある。

 犬はその場で転げまわって背中を地面にこすりつけるのが好きだ。体が汚れるしリードが絡まるからやらせたくはないが、歩き疲れて休憩がてら放っておいた。

 ふとPは道の向こうから何かがやってくるのに気づいた。場合によっては犬の動きを制限した方がいいのでそちらに注意を払いつつリードを短くする。


 最初は大型の犬だと思った。また飼い主の姿が見えずリードをつけていないようで迷惑な話だとも思った。

 けれども体に毛は生えていなくて土で汚れた肌がむき出しになっていた。肌の下ではぶよぶよと醜く脂肪がゆれる。首元には一応太い黒の首輪がしてあった。

 人間だった。40か50ぐらいの裸のおじさんが両手両足を地面につけて歩いてきた。


 異様だ、と感じたのは一瞬のことで、そういうプレイでもやってるのか、なんにしろ迷惑な話だと思った。

 男は犬に近づいてくると一定の距離を保ってにらみあう。Pの方を見向きもせずにその顔には恥ずかしさや申し訳なさは見つけられなかった。

 せめて他人にばれたのならとっとと退散して欲しいのだがとPが考えていたところ、今度は品のいいきちんとした身なりのおばさんが普通に歩いてやってきた。

 彼女はPに会釈するとパンと手を叩く。男はびくりと体を震わせるとくるりと振り返りおばさんに駆け寄っていった。


 その後、遠ざかっていくおばさんの背中とそれに付き従うおじさんの尻を眺めていた。

 Pの後ろを歩いていた若い女性が木々の間から現れる。彼女は2人とすれ違うもたいしたリアクションもせず小さく頭を下げただけだった。

 あれが何だったのかPにはよくわからなかったし未だによくわかっていない。

 おばさんとはたまに行き交うこともあるが、連れているのは普通の中型犬だ。リードをつけていないのはいただけないが、注意する気にはなれない。


 あるいは単に人っぽい犬であったのだろうか。

 すでにその存在はPの記憶の中にしかなくて確かめる術はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る