[25] 土地

 朱目はその出自からして呪われた土地だ。

 『旧制録』によればそこは元来、玩具理誤打が支配する場所であった。けれどもその行状があまりにもひどく、中央に対してまったく恭順の意を示さないということで、濯夏野間神が討伐に遣わされた。

 玩具理誤打は乱暴者で理をわきまえぬものであったがそれだけに強く、濯夏野間神は正面からぶつかっても勝利は難しいだろうと考えた。故に策を講じた。


 古代におけるそうした策略というのは少々卑怯ではないかと思われることがある。

 けれどもそれは現代人の視点からの評価であって、古代人には古代人なりのルールがあったのだ。一方的に価値判断を押し付けるのはとても適切とは言えまい。

 そもそもこれは神話の類であってそれを現実の場に持ってきてあれこれすること自体がナンセンスだ。その行動原理は私たちとは大きく食い違っている。


 濯夏野間神の剣のもとに玩具理誤打は倒れた。玩具理誤打は彼をうち倒したものを激しくののしった。

 その声は遠く山を越え聞こえ、そこに住んでいたものは皆、罵倒の言葉の醜さに耳を覆ったという。今でも覆耳という地名が残っている。

 玩具理誤打は卑劣なる討伐者を呪った。濯夏野間神は胸の中心を貫きとどめを刺した。その時、死者の2つの瞳は底知れぬ憎悪で朱に染まっていた。

 従って朱目と名づけられた。


 別の書では、胸の中心を貫いた際に噴き出した血で一帯の木々がすべて朱に染まったから朱木、転じて朱目とされているが、どちらが正しいかはわからない。

 いずれにしろその地名の成立には深く呪いがかかわっていることは確かだ。


 四方を山に囲まれているため、空気が滞りやすく、すごしやすい場所でない。

 圓月師いわく滴才地方に生じた悪しきものが最終的に流れ着く構造になっており居を構えるのは極力避けるべきだ。なるべく滞在を短く切り上げるべきで長期間にわたって居住するのはほとんど自殺行為だという。

 もとは禁足地で侵入することすら許されてはいなかったという記録もある。随分前にその禁は破られてしまったから、なぜ禁となっていたか、なぜ禁でなくなったか、正確なところはわかっていない。

 古くからそのあたりに住んでいる人々の間では今でも朱目に立ち入ることに強い忌避感が残っているようだ。ただしそもそも朱木について話したがらないので詳細は不明。


 これには地形、地質、植生など何らかの科学的根拠があるのかもしれないし、ないのかもしれない。どちらにしろ近づかない方が賢明と言うものだ。

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