[24] 兵士

 麦皮は一兵卒である。


 その剣を支給された時、別段いいものだとも思わなかったが、大事に扱ってやろうとは考えた。それは剣によって誘導された思考ではあったものの、強い強制力を持っていたわけではない。

 大事にするといったところで、せいぜい使うたびにきちんと手入れを行うといった程度のもので、特別な処置を施すことはせず、そもそもそんな金を貰ってはいなかった。


 生きることは選択の繰り返しだ。

 そしてその選択とは突き詰めれば、戦うか逃げるか、ということになる。どちらを選ぶかは状況次第で、その状況の中で本人の存在は大きなウェイトを占めている。

 その時その時によってあるかもしれない正解も変化するのだから当然の話だ。またそうして機敏な対応ができなければ生命は危険な方向へと流れていく。


 小さな変化にすぎない。麦皮は一歩だけ前に出るようになった。たかが一歩、それでもその分だけ敵へと接近する。攻撃をその身に受ける機会が増える。

 そのうえで退かない。戦闘を選択する確率が上がった。本人にその自覚はなかったし、周りの人間も気づかないわずかな上昇ではあったけれども。


 一番近くにいた同僚は笑って言った。

「最近、お前は体に傷跡が絶えないな」

 自分の体を眺めてみる。確かにその通りだった。なぜだろうか? 理由を考えた。


 戦闘技術が向上している可能性。生死の境目の見極めが精密になったおかげで、致命傷でないささいな傷は無視するようになったのかもしれない。

 逆に判断が粗雑になっている可能性。危険を軽視して飛び込んでいるが、今のところはただ運がいいから助かっているだけだ。

 たいして気にするほどでもないという可能性。たまたま偶然そうした状態が重なっているだけだったら、それを気にしすぎるのはむしろ危ういことだろう。

 結論は出なかった。


 実際のところ呪剣の精神作用によって彼の判断能力は攻撃へと傾いていた。

 人間はもとより攻撃性を保有している。多くの生物にとってそれはなんら異常な性質ではない。呪剣はそれをほんのわずかに刺激する。

 そして戦闘経験の増加は確かに麦皮の能力を向上させていた。劇的な飛躍でなしに、ただの兵士に収まるものでしかなかったけれど。

 所詮は気分の変化の範疇と言われればそれまでで、だから麦皮がたいして気にかけることもなく、そのことを忘れてしまったのも当然のことだった。


 これも確率の問題なのかもしれない。以下に述べる数字は適当であって、正確なものでは全くない。

 普通の兵士は戦いに駆り出された場合、3~5%の確率で死亡する。麦皮の場合はそれに比べてほんのすこしだけ多くて4~6%の確率で死亡する。

 どちらにしろ運が良ければ死なない、運が悪ければ死ぬ。


 麦皮がどれだけの期間、生存することができたのか、それにはあまり意味がないからここでは語らない。

 その最後はあっけないものだったし、戦場で数ある死の1つにしか過ぎなかった。呪剣のせいで死んだとも言えるし、そうでなくともどうせ死んでいたとも言える。

 支給された剣によって彼がなんらかの影響を受けていたことについて、本人が気づくことはなかったし、その死後においてその可能性すら微塵も検討されなかった。

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