[3] 立会

 季節は夏の盛りをすぎて秋に近づく。草木はなお青々と茂るがその最盛期と比べればどこか寂しい。

 私室には私とその後ろに控えるジーナ、それからティベリオ、最後に極めつけにクラリッサ嬢。


 前々から調査はさせてたけど実際に会うのは今日が初めて。

 小柄な体に赤混じりの茶の癖っ毛、黒みの強い目はくりっとしてて、全体的にかわいらしいタイプ。

 そうか、ティベリオはこういう娘が好みだったのか。いや外見だけに惹かれたことはないだろうけど、それにしてもその部分にいい印象を抱いたことは確か。

 私も自分の目で見てかわいいなって思ったし。


 下級貴族の娘という話。正直社交界ではほとんど耳にしたことない影の薄い存在。

 一応貴族の列に名は連ねるもののあまり貴族擦れはしてない、庶民的な感覚を持ち合わせている。

 都合がいい。

 未来のために天が遣わした最後の鍵なのかもしれないし、あるいはそれだけ時勢の波が押し寄せてきているのかもしれない。なんにしろただの妄想だけど。


 運命の分岐点。


 クラリッサ嬢は今日の話の中心人物ではあるものの、何も理解していない。まあ何も教えられてないんだから当然か。私の権力でこの場に強引に呼び出されただけ。そこになぜか王子もいる状況。

 まあ一番緊張しているのはそのティベリオに違いない。前に話したときよりさらに落ち着かない様子。長い付き合いだけど見たことない。心の中でだけ応援する、せいぜいがんばれ。


 私にとっても大きく人生が変化するところだけど、すでにそれは私の手から離れてしまっている。今さら手を加えて流れをコントロールすることはできない。するつもりもない。

 ただの立会人。積極的に発言する予定もない。ただ私がここにいればティベリオの発言の保証になる。つまりはぼーっとお茶を飲んでるだけの仕事。すばらしい。

 今日の私はなんだろう? お茶飲みながらのんびり劇見てる気分に近い、しかも特等席も特等席で。ちょっといやだいぶ楽しいかもしれない、わくわくしてる。


 ティベリオが口を開く。舞台の幕が上がった――


 ☆


 まずこんな形になってしまったことを謝罪したい。君を害するつもりは一切ない。

 話がどうしても大げさになってしまう。僕が王族だからで仕方のないことだ。

 面倒だとは思うけどそれは僕の大事な一部分であるから放棄することはなけどね。


 余計なことを言ってしまった。いやそんなに余計でもないのかな。関係あるようでないような。

 どうも話がうまくまとめられない。頭の中がぐちゃぐちゃに混乱している。

 今日のために時間をかけて考えてきたのにな。ずいぶんと情けないことだと我ながら思うよ。


 僕は君が好きだ。


 単刀直入に言ってしまった。これが一番大事なことだからね。

 他はすべてその最も重要なところにまとわりついた事情にすぎないから。

 そうだ。思ったよりずっと話なんてシンプルだったんだ。これだけわかってくれればいい。

 あとは単なる補足説明がだらだらとつづいていく。


 僕は君と出会って君と過ごすうちに君に好意を抱いた。

 そしてその感情は次第に大きくなって恋情へと変化していった。

 自覚し無視できない巨大さになった以上、僕はそれに正面から向き合わなくてはならなくなった。


 けれども周知のとおりに僕はそこに座っている、そこに座って優雅にお茶を飲んでいる、余裕綽々で僕らを眺めている、オリヴィエラ公爵令嬢と婚約状態にある。

 僕が君と出会うずっとずっと昔からね。


 それでいいと思っていた。彼女はすばらしい女性だ僕はよく知っている、僕にとって姉みたいな人だよ。

 彼女といっしょにそれからバルナバとも協力して僕らはこの国をよりよい方向へと導いていけると考えていた。僕の人生はそれで十分すぎるほどだと考えていたんだ。


 順番がぐちゃぐちゃだ。でもだいじょうぶ、すべてを理解してもらおうとは思っていないから。

 伝わって欲しいことだけ伝わってくれればそれでいい。

 僕は婚約を破棄することにした。だが僕は王族だ、そう簡単にはいかない。


 本当はそれを大々的に発表したかった。

 すべての手続をきちんと終了させてから君に告白したかったんだ。


 もし僕が婚約破棄を発表した上で君に告白してそれを拒絶した場合はどうなるか?

 ものすごく面倒なことになる。それはもうどのくらい面倒かというと説明するのがいやになるくらいに。

 そんなわけで父と公爵に全力で止められた。さすがにそこまで無理を通せなかった。


 いやほんとはそれで助かったと思ったのかな、弱い人間だね僕は。

 ともかく妥協案が今の状況だ。うちうちに婚約が破棄されたい状態で僕が君に告白する。

 その秘密裏の破棄状態を保証してくれるのがオリヴィエラなわけだ。

 彼女には感謝してもしきれない。


 クラリッサ、僕は君が好きだ。僕と結婚して欲しい。

 君にとって人生の大きな変化を意味するだろう、それはそのまま王族に入るということだから。

 これから覚えなくてはいけないことは膨大だし、貴族社会からの抵抗も激しいことは予測される。

 はっきりと困難な道だ。拒絶されて当然だろう。それで僕が君を恨むことはありえない。


 けれども承諾してくれるなら、僕の手を取ってくれ。


 ☆


 ――結構長かった。しかもまとまってない。

 事情知ってる私にはわかったけど、知らないクラリッサ嬢にはどうなのか。

 でもよかった。演劇ならもっとちゃんと脚本見直してから来いって言いたいところだが、現実ならではの迫力があった。それはある種の支離滅裂のおかげかもしれない。

 ティベリオ頑張ってた、立ち上がって拍手してあげたいところ、雰囲気がぶち壊しだからしないけどね。


 さてさて結末はどうなることやら?

 ハッピーエンド希望。もちろん私にとっての幸せが最優先だけど、他の身近な人にも幸福がもたらされるなら私もうれしいから。

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