[4] 感覚

 色の数が減った。

 かわりに微細な変化に気を取られるようになる。室内に目を移せば暖炉の赤がまぶしい。


 バルナバとティベリオは2人で語らっている。

 あの2人は放っておけばいいだろう。いまさらいちいちもてなしてやるような相手ではない。

 相手の年齢や立場でなく付き合いの長さの問題。


 そういう意味で目の前の相手には多少気をつかってやる必要がある。つまりは付き合いが短い。

 まあ現時点では私の立場の方が強いから、こちらが気をつかわねば向こうが相当に気をまわすことになる。

 それはちょっとかわいそうだ。


 テーブルをはさんで私の正面、静かにお茶を飲む小柄な少女、クラリッサ。

 これでも初めて会った時よりはずいぶんマシになっている。彼女がティベリオを受け入れたことで、私と彼女の関係は始まった。

 必要から生じた義務的な付き合い。


 私とクラリッサの関係が良好であることを外に対してアピールする必要がある。

 それが十分に広まった段階で私はなんらかの病気にかかったことにして婚約破棄、首都を離れる。その後、私の推薦も得てクラリッサがティベリオと婚約する、そういう段取り。

 完璧でだれも疑義をさしはさむことがあり得ないプラン、とはいかないがまあ権威をぶっ壊さずに交代できるだろう。少なくともそのあたりで私たちは妥協した。


 そんなわけでここ数か月は週に2、3回会っている。うちの屋敷をクラリッサが訪ねてくる。

 用事もある。知識の継承。将来王妃になるにあたって必要な知識を伝達していく。あまりに膨大で時間はいくらあっても足りない。

 そのおかげで普段はたいして話題に困っていないとも言えるわけだけど。


 今日は内情を知っている4人によるちょっとしたお茶会。いやジーナ含めて5人か。もちろん両親含め知ってる大人は他にもいるがここにはいない。

 おおよその路線がさだまって一区切り、ということで私が企画した。意識と情報の共有もかねて。


 頭の中を整理しつつタイミングを計っていた。

 だいたいまとまったところでクラリッサが顔を上げてこちらを見る。黒い瞳はまっすぐに私の方へと向けられている。

 私は薄く微笑みを返した。どうぞ、なんでも聞いてあげるよのお姉さんスマイル。あんまり使わないけど多分伝わってるはず。


「私に王妃がつとまるでしょうか」


 そんなことをクラリッサは言った。

 実のところ彼女が不安を抱えていたのには薄々気づいてた。けれどもその心情の処理については自分またはティベリオあたりですませてくれと放っておいた。

 ただ私に投げてくるんなら私なりの答えを返してやろう。


「できるかどうかじゃなくてやるのよ」


 彼女がティベリオの提案を承諾した時にその未来はほんと決定された。

 能力によって彼女は選定されない。不足を理由にして彼女は逃亡することを許されない。必ずそれをやらなくてはいけない。

 その能力が不十分であれば、不幸は彼女だけにとどまらず、この国全体に襲いかかることになるだけだ。あまりに重く厳しい枷。


「私はオリヴィエラ様みたいにはなれません」

「当り前よ、できるわけないじゃない。18年、これまでの人生全てを使って私は今の私になった。一朝一夕であなたに追いつかれたんじゃたまったもんじゃないわ」

「でもそれなら――」


 強い視線を投げかける。彼女の言葉を遮った。

 お茶会にあわない面倒な話題だと最初は思った。けれどもこの程度ならさくっと解決してしまった方が話が早い。いや解決ではないか。

 突き放し。押しつけ。その問題は彼女が一生抱え込まなくてはいけないものだ。私はそれにかかわるつもりはないという意志表明。

 そんなものでも飲みこむためのとっかかりにはなるかもしれない。なればいい。


 まだ人々が魔法を信じていた頃、そんな時代の話。

 お姫様が壁に蛙を叩きつけたら、魔法が解けて王子様は現れた。

 なんで?

 世界観の問題。正しいことには正しいことが返されなくてはいけない、間違ったことには間違ったことが返されなくてはいけない。


 窮屈な理屈。

 いつのまにか押し込められていた。多分、その感覚から抜け出すことは難しい。基盤に存在する何か。共有されている感覚。

 見えづらいもの。

 壊してはいけない。壊さない方がいいはず。スムーズに事を運ぶための何か。意識してたまに乗り越える。身につけてはいけない。いつでも思い出せればそれでいい。


 すべての人間が同じものを持っているわけではない。微妙にずれている。

 クラリッサには為政者としての視線に欠けている部分がある。

 そういう風に生まれて育てられたのだから当然だ。そしてそれは王妃になるにあたって致命的な欠点である。通常の時代であるならば、という注釈付きになるけど。


「基礎は教える、そっからどうするかはあなた次第よ。私とあなたではできることも違えば、理想も違う。最終的に何が組みあがるかわからない。何も私を目指す必要はない。あなた自身で考え思う理想に向かって、現実と調整しながら、あなたを構築していけばいい」


 一息で言い切ってそれからぐっとお茶を飲み込んだ。

 熱い。がらにもないことをしている。あとは野となれ山となれ。

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