[2] 手続
今日も今日とてお茶がうまい。
この1点だけでもジーナを雇っててよかったと思う。
いろいろ欠点はあるけど。いろいろ欠点はあるけども!
夏が近づいてきて窓から見える景色も緑が目に嬉しい。その青々とした匂いが漂ってくるようだ。
私室には珍しい来客が1人。この国の王子で、私の婚約者で、目下の懸念事項に関する中心人物。
ティベリオは椅子の上に縮こまってそわそわした様子。
だされたお茶にも手をつけていない。せっかくおいしく入れてあるのに。
私がわざわざお茶会の招待状出すなんてずいぶんと久しぶり――どころか初めてのことだし、なにしろこのタイミングだ。
うすうす今日の用件はなんなんだか察するところがあるのだろう。
というかそれぐらい察してくれないと困る。察してくれてよかった。
時にはそうした人心の機微に鈍感であることも強さだろう。時代によっては必要とされるものだ。
けれども現状、あるいはこれから、王国の中枢を担うのにそれは求められていない。
各勢力の微妙な要求を推察しつつ、バランスをとってく能力が不可欠になってくる。多分。
そんな先のことはさておき、今日のところは話が簡単に済むというのが楽でいい。
1人存分にお茶を楽しんだ後、私はゆっくりと優雅に間をとって口を開いた。
「学園の方はどう?」
うん、ちょっとミスった。
婚約者どころか姉すらも通りすぎてお母さんみたいなこと聞いてしまった。
背後でジーナが「ふひ」と短く笑った。振り向いて睨みつけたいけど今は我慢。
ティベリオはびくりと大きく肩を震わせた。それからごくりと大きく唾を飲み込む。
その時になって初めて喉が渇いているのに気づいたのかもしれない。目の前にあったお茶に口をつける。
もったいないことだ。わりといい茶葉なのに。彼には今、その味もわかっていないのだろう。
カップを机の上に戻すとかろうじて彼は答えた。
「楽しくやってるよ」
「それはよかった」
私は返す。唇の端だけで薄く微笑みながら。
もどかしい。
2人とも本題はなんだかわかっているはずなのに、そこに踏み込めない。
なぜか?
簡単なことだ。
そこに踏み込めば最後、私たちの関係が変質してしまうことを知っているからだ。
さらにはその変質は2人の関係だけにとどまることなく、この国の先行きを決定しかねないことも、その全体像を正確には理解できなくとも、なんとなくぼんやりとわかっていた。
私は大きくため息をつく。一歩前へと踏み出すことにした。
それは確かに一歩にすぎない。けれどもその一歩によって変化した状況はもう元には戻らない。
ありふれた前置きから始めよう。
「ここには私とあなたの2人しかいないから正直に言うけど――」
「はいはいはい、ちょっと待ってください!」
室内にいきなり大声が響き渡った。私でもティベリオでもない。ジーナ。
わざわざ私の前に回り込んで両手を上げてアピールしてる。急速に頭が痛くなってきた。
「2人だけじゃないですよ、私もいますって!」
「わかってる、わかってるけども! 今そういう雰囲気じゃなかった」
「なんすか、メイド風情は人間の数には含まれないって話っすか!」
「そうじゃないくらい言わなくてもあなたはわかってるでしょ!」
「いつだってちゃんと言葉にしてくれないと女の子は不安になっちゃうんです!」
「いったい何の話なの? とにかくちょっと真面目な話がしたいからジーナは――」
不意に笑い声。
ティベリオが口を開けて笑っている。
それからカップを手に取ると残りを一気にぐいっと飲み干した。
彼はまっすぐに私を見て言った。
「ごめん、僕から話すべきだった。言うよ、言わせてくれ。聞いてほしい話があるんだ。好きな人がいる。同じクラスの娘だよ。僕はどうすればいいのかな?」
いたって普通のなんてことのない話だった、もし少年が大げさな立場なんてものを持ち合わせていなかったら。
脱力する。肩の荷が下りた。
「ジーナ、肩もんでー」
「承知しました」
ぐてーっと椅子に背を預ける。甘えたことをしている。まあここにはそれを咎める人はいないわけだが。
「難しく考えすぎなのよ」
考えてたセリフは全部不要になったけどいいや。今の方がシンプルにできている。
「きちんと手続しなさい」
「手続?」
「手続にこだわりすぎるのもバカらしいけど、完全に無視するのも損でしょ。あれのおかげで物事が潤滑に動くようになる。最終的に要求が通らず強硬策に出るとしても、その前に筋を通そうとしたって事実だけでいくらか周囲の理解を得られるものよ」
まあこの場合の手続とは私との婚約破棄なんだけど。
私の仕事は終わった。あとはティベリオ自身が動かなければいけないことだ。
相当面倒なことになるだろう。まず父親連中を説得する必要がある。
相手が相手だ。一筋縄ではいかない。粘り強く交渉を重ねてなお望む結果が得られるかはわからない。
またどうやっても借りを作ることになる。王家からうちに対して、わりと大きめの借り。
バルナバの方にも話を通しておいた方がいいだろう。友人だし、うちの次期当主だし。
これから長い付き合いになる相手だ。おろそかにはできない。
ただまあ父親連中と話すのに比べればこっちはずっと気が楽なはず。
そして最後に――肝心かなめのやつが残ってる。
これだけ準備を重ねたうえで失敗する可能性のある案件。どうしても読み切れない案件。
ここで失敗してしまったら全部台無しだ。それでも手に入れたいものがあるなら挑戦は避けられない。
だれだってそうしてきた。人によって賭けているものの大小は違うとしても。
つまりは愛の告白というやつ。
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