出産

妻のお腹に降りて来てくれた命。

女の子が産まれると確信があったので、女の子の名前だけを考えた。


Mr.childrenの歌から発想を得た名前をつけてあげることを決めた。


12畳のリビングの大きな窓から差し込む光の中で、正座しながら洗濯物を畳むお腹のおおきくなった妻の姿は美しかった。


妻の妊娠中に浮気する話しを聞くが、そんな男はホント馬鹿だと思う。

妊娠して変化する妻の身体は、とても美しい。

でもマタニティフォトを撮る夫婦はもっと馬鹿だと思う。

写真に残して満足することより、記憶に刻んで永遠に忘れない方が価値があるのに、それを他人にまで見せようとする。


それは愛じゃない、ただの自己満足だ。

美しいものは心を動かすことで深く記憶に刻まれる、それを写真に撮ってしまえばただの観賞物に成り下がってしまうのに。


地元で評判の良い産婦人科で妻は出産することにした。


休日の朝、お腹の張り出した妻の陣痛の間隔が15分程になり、産婦人科へ連れていった。

陣痛室のカーテンで仕切られたベッドで妻の背中をさすりながら、陣痛の間隔を時計で測る。

今回の出産には立ち会うことをふたりで決めていた。


陣痛の間隔が5分を切るようになり、妻は分娩室に移動することになった。

妻の手を取って支えながら分娩室に移動させ、僕はその隣で水色の羽織をかぶって手を消毒し、助産婦さんの説明を受けた。

その時にどんな説明を受けたのか、緊張のせいか全く覚えていない。


たぶん2分程経過したくらいだろうか、分娩室に入るように促された。


分娩室に入ると意外と広い部屋の中央に妻が居て、「痛い痛い。」と泣くような声をあげながら出産を頑張っていた。

テレビとかだと妻の正面や横に立って出産を見守る光景だが、僕は助産婦さんに妻の頭の方へ案内され、肩を持つように言われた。


痛みに耐えて分娩台の上の方へ上がってしまう妻の肩を押さえながら、汗をかいた妻のおでこにキスをしてとにかく話しかけた。

ただ「大丈夫だよ。」とか「頑張って。」とかしか言えなかった気がする。


「出て来てるよ。お母さん頑張って。」と助産婦さんたちが声をかける。

僕は妻の叫びにも似た声を聞きながら、肩を押さえてただひたすらに妻に声をかけた。


子猫のような鳴き声が聞こえた。

次におおきな力強い鳴き声に変わった。

娘が誕生した。


やわらかいコットンのおくるみに包まれた娘が、妻の胸の位置に置かれた。

妻が両手で包みこむ。

妻は泣き、僕も泣いた。


パパもママもこのときの涙は一生忘れないと思う。

君がママの事を選んで、パパの事を信じてくれてありがとう。

君がパパとママに幸せをプレゼントしてくれたから、パパとママは君の幸せを願った名前をプレゼントするよ。

いつか君がパパとママと同じ涙が流せる日を願っているからね。


今でも、菅田将暉の「虹」のMVを見ると、このときの光景を思い出して泣いてしまう。

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