ギターリフ

会社から帰るとダイニングキッチンの冷蔵庫の前に彼女は座り、ギターを弾いている。

アンプに繋いでいないので、ニッケル弦をセルロイドが弾く乾いた音が響いていた。

結局、ボーカルも同時に行うことになったようで、歌いながらギターコードを辿っていた。


単調で単純でストレートなラブソング。

僕には正直退屈だった。


買い物やセックスをして過ごしていた休日の昼間時間の半分程は、彼女のギター練習を見守る時間になった。

僕が歌って、彼女がギターのコードに集中して練習する。

好きでもない歌を僕はすっかり歌えるようになっていた。


単調なギターリフ、薄っぺらな歌詞。


彼女はバンド仲間とライブに出掛けるようになり、帰りが遅くなった。

その時には息子くんは親元に預けていたので、僕は気楽な時間を過ごしていたが不安と疑心でいっぱいになった。


その頃、彼女は仕事を転職し、子供の記念写真で有名な写真スタジオでバイトを始めた。


ある日会社から帰ると玄関やリビングは、ありふれた表現だがまるで台風が通ったような荒れ様だった。


彼女は僕が寝ている間に、僕の携帯をこっそりと覗いたらしく保存されていた前の彼女の写真を発見したらしい。

女性にはわかっていてほしいが、男は前の彼女との写真はそのまま残しておく生き物だ。


彼女が帰ってきて話をしても納得もしなければ、和解する様子もない。

しかたなく誤って機嫌を取ろうとしても徒労に終わる。


その日から彼女の帰宅はさらに遅くなり、深夜2時になっても帰らないことがあった。


深夜に帰ってきて彼女がお風呂に入っているとき、ダイニングキッチンの床に彼女のバッグがおいてあり、そこから彼女の日記帳が飛び出ていた。

絶対に見せたくないと頑なに言っていた日記帳。

僕は思わず中を確認した。


一週間ほど前の日記、僕ではない男の名前。

:気持ちよかった。疲れたと言ったのに激しくて3回した:


3日前の日記、僕ではない男の名前。

:バイトの帰りにホテルでエッチした。お互いに2回イッた:


日記をそっとバレないように入っていた時と同じように戻した。


その後、何事もなくまるでただの同居人のようにお互い過ごし、一ヶ月後に僕はその部屋から出た。

僕だけが退去する最後の日、僕と名前の似た息子くんは玄関で僕を立ちすくんでみていた。

抱きしめようと近づくと、彼女は息子の手を引っ張りリビングに連れて行った。

玄関を出て扉を閉めると鍵のかかる音がした。

コーポの階段を下りながら、溢れる涙をぬぐった。


後日談

それから何年も経って彼女をInatagramで見つけた。

髪が短くなった彼女と、成長した息子くんの姿。

DMを送ると彼女からの返事があった。

この時のことを話すと、あの日記は中を見られるようにわざと見せておいたらしい。

中の文章は僕にショックを受けさせるための嘘だった。


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