歯車
息子をふたり育てる生活は何かと入り用になる。
毎日のミルク、おむつに日々成長する息子たちの服と靴。
デザイナーの給料はあまり良いとは言えなかった。
家庭を支えるため、カーディーラーの営業マンになった。
子どもが好きな僕は、子育て世代のお客様の共感を得てファミリーカーの注文をよくいただいた。
おばあちゃん子だったこともあり、年配の方からの信頼も高く軽自動車の販売も伸ばしていった。
年間販売台数が100台でベテランと呼ばれる車業界で、2年目には97台の車を販売していた。
平日は定期点検や車検の案内をしつつ、お客様に訪問して関係性をより高めて、土日は来店客の接客と商談をする。
ある日、来店した客に懐かしい顔があった。
軽自動車を見に来たその女性は中学の同級生だった。
その女性は小6の時に同じ塾に通っていて、初めて義理ではないバレンタインのチョコをくれた人だった。
中学時代は同じクラスになることはなかったので、そのまま疎遠になってしまっていた。
美人ではないけれど、笑ったときの眼と少し覗く八重歯が僕の好みだった。
結局は父親の車の担当営業に薦められて、他のメーカーの軽自動車を購入してしまったが、たまに食事やカラオケに行くようになった。
同級生はかなり年の離れた彼氏と同棲していて、たまに愚痴などを聞かされた。
当然、男と女の関係にはならなかった。
休みの日に妻は息子たちを連れて友達の家に遊びに行ったので、同級生とうどん屋に食事に行った。
そこのかつ鍋定食が僕はとても好きだったからだ。
数日経ったある日、妻の態度がやけに冷たくてやけにイライラしていた。
後で知ったことだが、うどん屋に行ったときに僕の親戚がその様子を見ていて、浮気しているんじゃないかと親戚に聞いた僕の母親から妻に伝わったらしい。
夏の終わりのある日、妻と息子たちと僕の両親を連れて水族館に行くことになった。
水族館まであと少しのところで、長男が車の床から落ちていた同級生の付けていたシュシュを見つけて「なあに?」と言って助手席の妻に渡してきた。
妻はそのシュシュを黙って僕に手渡した。
水族館では息子ふたりははしゃいで笑っていたが、僕と妻に会話は無かった。
その日から数日後の朝、その日は休みだったので少し遅めに起きると、家のどこにも妻の姿はなかった。
妻の服はクローゼットから数枚を残して無くなっていて、ドレッサーの化粧品も無くなっていた。
妻が家を出たと気付いた。
息子たちは隣の寝室でまだ寝息を立てている。
幸せな家族の歯車は完全に壊れてしまった。
一階の和室にはヒノキで組まれた、祭壇のようなものが置いてあった。
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