プライド

地元で希望する就職先がみつからずに2つほどバイトをしたが、どちらも半年程度で辞めてしまった。


そして小さなデザイン会社に就職することになる。

Illustratorでチラシや住宅情報誌を製作する仕事。


その会社で彼女に出会った。

歯茎が見えるほど屈託のない笑顔と長くてきれいな髪に僕は惹かれた。

彼女は僕よりもひとつ年上だった。


事務員だった彼女は小さな事務所兼作業スペースのカウンターが定位置。

その近くの入り口近くに男女共有のトイレがあった。

トイレの中にはA4サイズ程の額縁に入った絵が飾られていた。

花瓶に入った花の絵。


彼女に気持ちを伝えたくて、小さなメモ用紙に気持ちをしたためトイレの額縁の裏に挟み込んだ。


会社の昼休憩に彼女だけは持参したお弁当を食べていた。

僕は昼の休憩を早く切り上げると、事務所にひとり残っている彼女にトイレの額縁の裏を見て欲しいと伝える。


その日の夕方、トイレの額縁裏を確認するとサンリオのキャラクターのメモ用紙が挟み込んであった。

そうして僕と彼女は付き合うようになった。


その後も会社にいるときはトイレの額縁裏を利用してやりとりを交わした。

仕事中でもトイレの中なら安心してお互いの気持ちを確認できるし、何よりもちょっとしたスリルがあった。


彼女はデートの時によくお弁当を作ってくれた。

正直、僕の好みの味ではなかったし見た目も良くは無かった。

それでも彼女の思いが嬉しくて、心も空腹も満たされた。


彼女の家は古くから家具屋を営んでいる。

彼女は長女だった。

ある時に彼女から、私は長女だから結婚したら養子を取らなくてはならないと聞かされて僕は少し悩んだ。


会社の同僚たちと良く飲みに行ったり、カラオケに行ったりした。

付き合っていることは同僚のみんなには隠していたので、バレないように彼女と適度な距離を取りながら参加して楽しんだ。

彼女は毎回、今井美樹のプライドを歌う。


ある日、彼女と喧嘩をした。

たぶんキッカケは些細などうでもいいことだったと思う。

彼女も僕も決して譲らなかった。


その時の記憶はとても曖昧だけど、彼女とは別れることになった。

それから何年経った今でも、今井美樹のプライドをカラオケで歌う女性に出会うと警戒してしまう。


ひんやりと冬の冷気を感じながらキーを叩く指先。

膝から腰まで掛けたブランケットの熱。

スマホから小さなバイブ音。

現在の彼女からのLINE。

明日のデートの予定を確認しあう。


彼女も今井美樹のプライドを歌う人って苦手と言っていた。


自分の信念を貫くことはプライドと呼ぶが、相手の意見を聞かずに押し通そうとすることはプライドとは呼ばない。

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