第十一話 金護家の優雅な休日

 子供の頃、一度親父に聞いたことがある。


「お父さん、刀って作れる?」

「刀って……そんなもん作ってどうする?」

「どうって、かっこいいじゃん。悪い奴をバサーって斬り倒すんだよ」

「悪い奴? そんなの何処にいる?」

「どこって……見つけてから作ってたら遅いじゃん! 今の内に作ってよ!」

「……」

「お父さん……?」


 親父のあんなに悲しそうな顔を見たのは、後にも先にもあの一回限りだった。以降親父と刀の話はしていない。



******二月二日******


バキィ! ゴシャ! ドゴォ!


「ごばぁべら!!」

「ほら! 休みだからって寝てんじゃないよ! 冷める前に食っちまいな!」


 母に文字通り叩き起こされて目が覚める。

 ったく、起こしたいのか永眠させたいのかどっちなんだよ。

 などと悪態吐きつつ、布団から出る時にはもう居なくなっていた。


 で、起きて体を見ると、全身が鉄になっていた。


 と言っても外国のコミックヒーローとは程遠い。対戦格闘3Dゲームが出たばかりの操作キャラの様で、かなり『ローポリ』だ。

 色合いは全体的に赤茶けていて、光を反射する程ではない。

 両手を叩いてみる。ゴッゴッ。普通の両手を叩いた時より大分鈍い。つまり、聞こえ方までおかしくなったわけだ。

 近くにあった鉄棒で腕を殴ってみる。ゴン!……痛くない。痛覚もか。

 動きに支障は無い。関節周りは球状になっていて、可動式の人形みたいになっている。

 なるほど、雨ヶ咲から俺はこういう風に見えていたわけか。


「ふ……ふふふははは」


 おかしくなった身体を見て、妙に可笑しくなった。

 認知機能の問題、か。昨日雨ヶ咲に「鉄に見える」って言われた事が切っ掛けで、「俺は鉄なのか」と思い込むようになったという訳か。最早驚くのに飽きた。生活に支障が無いならもう良いや。むしろ、これはこれでカッコ良いかも。


***


 居間に行くと、親父はもう食べ始めていて、母はその横を右往左往走り回っている。その度に床が抜けるんじゃないかってくらいの振動と音が起こる。腕に注がれた味噌汁が今にもこぼれそうだ。


「おはよう」

「おう」


 親父も母もノーリアクションか。やっぱり見えてるのは俺だけか。


「いただきます」

「あいよ。あー忙しい忙しい!」


 その巨体(主に横方向に)が揺れる度、家事が一つ片付いていく。そして、俺が食べ終わる前に、母は勤務先の病院へ向かっていた。後には俺と親父のみ。俺は片付けをしながら親父に聞いた。


「オカン、また太ったんじゃない?」

「看護師は体力勝負なんだとさ」

「っていうか、働く前から太ってただろ」


 居間には結婚時の写真が飾られている。今ほどじゃないが、それでも一般的な基準から見れば充分太っている。


「親父の稼ぎだけでやってけねーの? 別に俺大学行く気無いぜ」

「……ちょっと、借金があってな」

「え? それ初めて聞いたけど、何の?」

「まあ、色々だ」


 牛乳シャーベットをストーブの前で食べながら、余り聞いちゃいけない話題だったかと思い直し、別の話題に切り替えた。


「にしても、あんなのの何処に惚れたんだよ。ガサツだし、乱暴だし」


 親父は緑茶をじっと眺めながら考えた後、ポツリと呟くように言った。


「…………柔らかいな、って思ったんだよ」

「……」


 親父は祖父から継いだ鉄工所以外の生き方を知らない。細身だが、無駄をこそぎ落とした筋肉の塊と、幾つも仕事で付いた傷跡がある。

 その一言に色々と思う所はあったが口に出すのは止め、その代わりに聞いてみる事にした。


「親父、今の俺どう見える?」


 親父は緑茶から俺に視線を移し、しばらく見つめてから、視線を戻しつつ口を開いた。


「鉄だな」

「!?」


 え? もしかして? その上でいつもと同じ態度とってるの? 確かに親父は俺以上に感情を表に出さないけど、さすがに息子が鉄になってたら心配しろよ。


「まだ熱い、ドロドロの鉄だ。どんな形にもなれる。ただ、まだ何の役にも立たない」


 ……ああ、そういう意味ね。何でも鉄工で例えるからなぁ、この人。


「今の内にどういう形に成りたいか、ちゃんと考えておけよ。冷めて硬くなってからじゃ、曲げるのもゆるくない」

「……分かったよ」


 まあ、親父のそういう所を俺は尊敬してるんだけど。




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