第十二話 透明な仮面、黒塗りの兜

それは誰だったか


顔を見れば思い出すかもしれない


血を飲めば分かるかもしれない


それは決して叶わない


なぜなら〇〇はもう居ない


何処にも居ないんだ


全てお前のせいだ!



****二月六日〜二月十三日****



「……」


 昔から何度も見る夢がある。女の子が出てきて、誰かが俺に囁いている。いつも覚えているのはそこまで。誰から何を言われたのか、あの子が誰なのかは分からない。そのうち気にするのも止めた。ただ、この起きた直後の全身の強烈な渇き感だけは慣れそうに無い。

 それに最近夢の頻度が多くなり、鮮明になってきている、特に今朝は声が大きかった、気がする。


****


 あれから、仲良くなった……と言っていいのか、まあ普通に話すようになった。互いにしか理解できない共通項があった事が、一つの切っ掛けになったんだと思う。


 互いがどう見えるかを絵に描いて見せ合ったり、


「え、私こんななんだ」

「ああ、ただ、あの日は手首掴んだら全身氷みたいになったんだ」

「あれは、ちょっとびっくりして……」

「とてもじゃないが、ちょっとってレベルには見えなかったけどな」

「あはは、金護君はこんな感じ」

「……まんまだな。雑なシューワネーター試作品って感じ」


 今の俺から見た俺自身とそう変わらない。当然雨ヶ咲は何も言わないから、自分自身でも鉄に見える様になった事は言わなかった。


 後は、色々と飲食物を持ち寄って、これは駄目、これはギリいけるとか、


「『ぬるぬる塗るね』はどうだ?」

「……絵の具みたいな味」

「これは、商品名に問題がありそうな気がするな」

「あ、でも大豆バーは美味しかった」

「最初は引くけど、意外とクセになるんだよな、あれ」


 側から見られると色々誤解されそうなので、基本的に別々に帰る振りをして、人目の無い場所でやっていたが、決して事は無い、うん。


 お互いの写っている。写真を見せ合ったりもして、


「やっぱり駄目か。上から絵の具で塗り潰したみたいになってる」

「私も、合成写真みたいに見える」


 この感情を一言で説明するなら共感か。何せ病気じゃない奴に言った所で変人扱いされるだけ、俺自身の見た目は何も変わってないんだから、同情の引きようが無い。


 本当に偶然なんだろうか……? 

 俺はスライムに見える。雨ヶ咲は鉄に見える。これは見てる側の心の問題なんだろうか?

 

「そもそも、お前は何でこんな田舎に引っ越してきたんだ」

「なんでそんな事聞くの?」

「おかしいだろ、こんな時期に。都会から田舎に転校なんて、みんな好き勝手噂してるぜ」

「……昔ここに住んでたことがあるの。ほら、あそこの家。今は別の家だけど」


 雨ヶ咲が指を指す。

 あそこか。気づいた時にはずっと空き家だったが、俺の家から大分近所だな。


「じゃあ、昔会ってるかもな。俺ずっと烏間町住みだし」

「……そうだね」

「そういえば、教師を目指してるんだってな。その歳でキッチリ進路決めて努力してるなんて中々凄いな」

「???」


 ……ってな感じで過ごしていた。


 ある日、いつものように検証し、成果が無かった帰り道。


「目新しい発見はねーな」

「そうだね」

「空先生に相談してるのか?」

「うん、一応」

「まー、アレもうさんくせーからな。どこまで当てになるんだか」

「……いつか、見えるかな」

「何が?」

「本当の顔」

「……」


 表情が見えない事がどういう事か、俺はもう知っている。

 知れば知るほど分からなくなる。分からないのに、知る術が無い。

 クイズを出しておきながら正解を教えてくれない。

 どこまで行っても『不安』という壁があって、壁の内側を幾ら調べても向こう側は分からない。

 だから俺は、こう言うしか無かった。


「まあ、思春期の間だけって話だし、二十歳過ぎれば分かるんじゃね?」

「それじゃ遅いよ」

「……あ?」

「私は今見たい。今の金護君と会いたい」

「そっか……じゃあ、俺の家こっちだから」


 何も言い返さずに別れる。そして、雨ヶ咲が見えなくなってから急に走った。家まで全力で走った。その背中には何も聞こえては来なかった。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……


 数分後、玄関先でへたり込んで動けなくなっていた。肺が痛いぜ、ちくしょう。

 まったく、危なかった……。ギリギリの所で口から漏れそうになった言葉を飲み込めた。もし聞かれてたらもう二度と雨ヶ咲と顔を合わせられない所だっただろう。


 くそっ! まったく、本当に、超がつくほど馬鹿馬鹿しい。一体何を考えているんだ、俺は。


「俺も、雨ヶ咲の素顔が見たい」だなんて!


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