第十話 アフター・スクール・レコンサイル 2/2

「…………」

「…………」


 雨ヶ咲は何も言わずこちらを向いている。制服を着ている以上、登校していたが教室には来なかったという事か。黙っていられると怒っているのかどうかも全く分からない。

 ……腹を括るか。転ばせたのは事実だし、これで俺が痛い奴認定されれば、それはそれで関わり合いにならずに済むかもしれない。


「俺な、お前がスライムに見えるんだよ」

「……」

「ティーンモンスターシンドロームって言う病気なんだとさ」

「……」

「分かっただろ。もう俺と絡まない方が良い」


 さて、問題です。この後雨ヶ咲は何と言ってどんなリアクションをしたでしょう?


 1:「へ、へぇ……そうなんだ」と露骨に引く

 2:「とりあえずクリーニング代払ってくれる?」と賠償金請求をする

 3:パン! ガッ!! 特に理由のない(訳では無いが)暴力を振るう


 答え


「私も……かなもり君が全身鉄に見える」

「へ、へぇ……そうなんだ」


 って、えぇえええぇええ!!? マジか……いや、その切り返しは全く予想してなかったわ。

 って事は、転校初日に「え? 何あの人の形をした鉄は?」ってなってたのか。どうりで俺が水を飲んでいない事に気付く筈だ。向こうもこっちが気になって仕方なかったって訳だ。


「じゃあ、お前も風祭先生に相談してたのか?」


 雨ヶ咲が頷く。あの野郎(女だが)、こういう時だけ守秘義務守りやがって、それで朝相談に来た雨ヶ咲を軟禁して、俺が来るのを待ってたのかよ。

 脳内処理が終わるのを待っていたかの様なタイミングで雨ヶ咲が声を掛けてきた。


「かねもり君」

「え? あ、何?」

「触っても良い?」

「……なにを!?」

「いや、手だけど」

「あ、ああ、手ね」


 何だ手か。びっくりした。何を想像したかは聞くな。

 雨ヶ咲がこっちに来る気配が無いので、仕方なく俺の方から雨ヶ咲の左隣のベッドに腰掛ける形になる。そして、雨ヶ咲が右手を握手しようとするように差し出した。そこに、俺の右手を重ね、ゆっくりと握り合う。


「やっぱり、硬い」

「すごく……柔らかいです」


 そして、温かい。昨日とはまるで違う。湯煎したマシュマロに右手だけじゃなく全身が包まれているような、これまでの感情の起伏が嘘のように穏やかになっていく。


 この安心感……この感じ、前にどこかで……


「もう少し考えてみようよ。なんで私はかねもり君が鉄に見えるのか、なんでかなもり君は私がスライムに見えるのか」


 特別だから硬いのか、柔らかいから特別なのか。

 この謎を叩いたらどうなる? 曲げたら? 磨いたら? 切断して、穴を開けて、組み立てたらどんな形になるんだろうか? 気が済むまで加工してみるのも悪くないかもしれない。


「……分かったよ。じゃあ、今の段階で一言だけ言わせてくれ」

「何?」

「俺の名前は、かなもりだ。か・な・も・り」

「……うん、分かった。かねもり君」


 少しだけど声が上ずっている。こいつ、わざと言ってたのかよ……。

 表情は見えないが、なんとなく雨ヶ咲は今ほくそ笑んでるように思えた。


 そしてそれが、何故か自分でも分からないけど、ほんの少し嬉しかった。


 PRRRRRRR


 飛び上がるくらい驚いた、というか実際飛び上がった。慌てて手を離し音源を探すと、保健室備え付けの電話だった。

 これ出て良いのか? まあ、居ないって言えば良いか。受話器まで歩いて行って取り上げる。


「もしもし、すいません、今風祭先生は不在で……」

「そろそろお時間ですが、延長されますか? それともご宿泊になさいますか?」

「やかましいわ!!」

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