第九話 アフター・スクール・サポート 1/2


 消してしまった小さな命


 決して消えない僕の罪


 忘れるなんて許さない


 もっと苦しめ


 これは呪いだ



 ******二月一日******



「すいません。今、良いですか?」

「……ええ、どうぞ」


 翌日、雨ヶ咲は学校を休んでいた。そして俺は放課後、保健室へ直行した。

 そこに居た風祭 空かざまつり そら養護教諭は、三台あるベッドの一番奥、視界を塞ぐ為のカーテンに『使用禁止』の札を付けている所だった。誰かが汚したので一先ず隠したんだろう。


「で、どうだったの?」

「握ったら硬くなりました」

「……若いからしょうがないけど、一応見せびらかさないようにね」

「そっちじゃなくて!」


 昨日の出来事を簡単に説明する。その間(だけは)空先生は黙って酸素スプレーを吸っていた。


「見えるだけじゃないんです。感触も確かに硬かったんですよ。どういう事ですか? これは」

「ふ〜う、言ったでしょ。まだよく分かってない病気だって。所詮五感なんて脳に届いた刺激をどう処理するかって問題なんだから。まだ習ってない?」


 そう言いながら次は携帯扇風機を浴び始めた。長い割に細い黄褐色の髪が後ろにたなびく様は季節外れの鯉のぼりを連想させた。


「後は、これはあくまでも私の意見だけど……ティーンモンスターシンドロームは見ている人の深層心理が変換されたものだと思ってるの」

「どういう意味です?」

「ルーちゃん自身の問題じゃなくて、ダイちゃん自身の、ルーちゃんに対する思いが言葉じゃなく見た目で表現されているんじゃないかってね」

「でも、それは雨ヶ咲さんに限った話じゃないでしょ?」

「そうね、じゃあもう一つ仮説を」

「なんです?」


 無言で前屈みになりながら、顔(と胸)を近づけてから、空先生は呟く。


「ダイちゃんにとって、ルーちゃんは『特別な存在』なのよ」

「まさか! 会ってからまだ一週間も経ってないし、ロクに話もしてない」

「そういう理屈が通用しないから視覚や触覚で訴えてるんじゃない? ここが」


 そう言って先生は俺の頭を人差し指で突っつく。美麗な顔が近づいた時、アルコールの臭いがした。


「それに、特別って言っても別に恋愛感情に限った話じゃないわ」

「どういうことです?」


 恋愛以外で特別? 思い付くのは食事に関する妙な共通点ぐらいだが、それだって最初から気づいていたわけじゃない。


「ん〜……なんにせよ、そこから先は第三者がどうこう言ってもしょうがないから……」


 空先生は、そう言いながらベッドの手前に引かれたカーテンを、3.2.1と、いかにもマジシャン宜しく一気に開け放つ。そこに居たのは鳩でもバニーガールでもなく……


「おまっ! 何でここに!? って言うか誰も居ないって言ったでしょ!」


 雨ヶ咲が毛布に包まれていた。


「入っても良いと言っただけ。ここは保健室であってカウンセリングルームじゃないの。プライバシーに配慮とか無いから」

「……まさか、俺の事全部話したんですか?」

「そんな無粋な事しないわよ。流石に最初から全部ネタバレしたらつまらないじゃない」


 誰かこいつを医療の現場から永久追放しろ。


「で? なんか彼女に言うべきことがあるんじゃないの? 金護 大鎁かなもり だいや君」

「ぐ……」

「じゃ、私職員会議に行ってくる。鍵掛けとくから、ごゆっくり~。あ、コンドームはそこの棚にあるから」

「なんでそんなのが保健室に置いてあるんですか!」


 そして、本当に二人きりにされた。


 次回「謝らないと出られない部屋」


 ……勘弁してくれ。




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