第八話 雨だれ石を嚇(かく)す 3/3
ま、まあ取り敢えず、この流れを止めない為にも質問を続けよう。
「お粥も食えねーの?」
「うん」
「豆腐とかヨーグルトは?」
「うん、無理」
「それってちょっと弱いレベルなのか?」
「……」
そうなると今度は気になっていた事をどんどん聞きたくなってきた。どんどん踏み込みたくなってきていた。今になって思えば、ここで止まるべきだったとも思う。
「じゃあ、あの水筒に入ってるのって栄養ドリンクか何かか?」
「……まぁ、そんな感じ」
雨が止む気配は無く、あぜ道は車一台通れる程度で、舗装もされていないので、あちこちに泥溜まりができていく。そのせいで真っ直ぐ歩けず、そのうち自然と横並びに歩く形になった。
「……」
「……」
すぐ左に雨ヶ咲の首がある。灰色の鈍光を反射して、いつもよりテカりが多い気がする。
[手突っ込んでみれば良いんじゃない?]
いつか聞いた台詞が脳内再生される。
この首に触れたらどうなる? 指は? 温度は? どこまで奥に行ける?
「……!!」
雨ヶ咲がこちらを向いてから初めて、自然と自分の左腕が雨ヶ咲の首に伸びている事に気づいた。思わず動きが止まってしまう。
「……あ、いや」
ここで慌てて手を引っ込めれば益々怪しい! かと言って上手い言い訳が全く思い浮かばない!
雨ヶ咲は何も言わず、ただこちらを向いている。その顔は怒っているようでもあるし、状況が分かってないようでもある。目が合っているのかも分からない。
くっ、表情が分からないっていうのはこんなにも見えないものなのか!
色々なモノが脳内を駆け巡ったが、実際は数秒経った辺りで雨ヶ咲がまた歩き出す。
ほっとしたのも一瞬、思わずこちらが左手を更に伸ばすのと雨ヶ咲が足元の石につまづくのが同時だった。
「きゃ!!」
「っと、あぶねぇ!」
伸ばした左手がギリギリの所で雨ヶ咲の右手首を掴み、雨ヶ咲は泥溜まりに飛び込まずに済んだ。
――そう、掴んだ。雨ヶ咲を。丁度手袋とコートの間を。スライムの部分を。俺の素手が雨ヶ咲の素肌に触れた、その時――
「おい、だいじょう
ビキビキビキビキビキィ!!!!
およそ聞いたことの無い音。高く硬質だが金属が出す音とは明らかに違う耳障りな効果音。そして、その音の発生源に居たのは『人型のスライム』じゃなかった。
――そこに居たのは酷く硬い『荒削りな氷の彫像』だった。
俺が触れた部分から、一気に、色合いはそのままに、凍った? 固まった?? 硬質化した???
何かを考えるより先に、気がつけば掴んでいた腕を振り払っていた。
その勢いに耐えられず、盛大な泥飛沫をあげながら尻餅をつく雨ヶ咲。その身体の質感は硬いままで。
「かね……もり、くん?」
その場に立って見ていられず、俺は逃げるように走って……いや違う。逃げた。その場にある全ての違和感と未知から走って逃げ出した。
おいおいおいおい! なんだこれ? 一体どういうことだ? 聞いてねえぞ!
見えるだけじゃねぇのかよ!!!
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