第三話 何の成果も得られませんでした

「ふ~ん、転校生がスライムだった件……か。なんか二番煎じって感じのタイトルね。『スライムに見えるくん』とかの方が良いんじゃない?」

「ラノベの話じゃないんですよ。現実にそう見えるって話です。後その代案もどこかで聞いたことあります」


 放課後の保健室で一通り俺の話を聞いた風祭 空かざまつり そら養護教諭は、くわえていた酸素スプレーのチューブを外して聞いてきた。


「で、見えるのはその子だけ?」

「ええ、雨ヶ咲 流海あまがさき るみ。知ってますか?」

「……ちなみに君の名前は?」

「あ、はい。金護 大鎁かなもり だいやです」

「へぇ……ダイちゃんとルーちゃんか」


 保育園か、ここは。

 自動で稼働を始めた空気清浄機から、秋深い森に入った時のような香りがする。噴出口にアロマテラピーのオイルをセットできるらしい。


「じゃあ幾つか質問するわね」

「あ、はい」

「他に体調に変化は?」

「特には無いです」

「朝ごはんは食べてる?」

「はい」


 医師と患者のように、きちんと問診票に記録をしている。元医者だったのは本当らしい。


「普段オナニーのオカズは何使ってる?」

「…………は?」

「スライム娘じゃないと興奮しないとか?」

「ないですよ! っていうかその質問は問診票に書いてるんですか?」

「うん、私の自作だけどね。この問診票」

「……」


 前言撤回。こいつは只の馬鹿だ。

 アロマにリラックス効果があっても、部屋の主がこれでは意味無いんじゃ……。


「これは、例の『ティーンモンスターシンドローム』かもね~」

「レイノティーン? 何ですかそれ?」

「『teen monster syndrome』、特定の人が人以外の何かに見えるって病気よ。思春期の子にしか発症例が無いからそう呼ばれているの」

「幻覚ってことですか?」

「まだよく分かってないの。最近になって出てきた病気で、なんせ症例が少ないから。およそ一万人に一人の割合で発症するとか言われてるけど……」

「そんな、じゃあどうやって治したら……」

「思春期の間だけって言ったでしょ。放っておいてもその内治るから。それとも何か生活に支障あるの?」

「……」


 あるかと聞かれれば、無い。無いけど……。


「そんなに気になるなら手を突っ込んでみれば? 貫通したら本当にスライムってことでしょ?」

「どっちにしろセクハラでしょうが。教師が犯罪をそそのかさないで下さい」


 そういう風祭 空かざまつり そら先生の左手の薬指には銀色の指輪が光っている。

 これで結婚しているというのだから、夫の顔が見てみたいものだ。


「一応視力検査しときましょうか。右目だけ開けて。はい、これは何処が切れてる?」

「……右」

「これは?」

「上」

「じゃあこれは読める?」

「??? 分かりません」

「右は0.5か~。眼鏡かけた方が良いんじゃない?」

「ちなみになんて書いてあるんですか?」

阿諛奉承あゆほうしょう

「高校生に読めるわけないでしょ!」

「次左ね。この漢字一文字は何て読む?」

「これ、漢字ですか? 黒い点にしか……」

「ブッブ~。正解は『うつ』でした」

「なんでそんな検査シートあるんですか!」

「おっと」


 検査シートの一枚が俺の足元に落ちた。先生がそれを拾おうと前傾になったせいで、図らずも先生の'たわわ'な胸を上から覗き込む形になる。


「生身の女性の体で興奮する……と」

「後生だから記録を残さないでください」


 生まれて初めて土下座をした。

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