車中にて

そんなことを思いながら、車窓の景色を見やる。

 車は鬱蒼と茂る森の中を進んでいる。熊がのっそりと出てきそうな深い森だ。

「どうしましょうね、今後のサッカー部」

 視線を窓の外に向けたまま、車を運転している先生に話しかける。

「さすがに、新入部員ゼロは俺も予想してなかったけど……。でも、まあ何とかなるだろ」

「何で、そんなに楽観的でいられるんですか?」

「う~ん、何となく?」

 本当に何とかなるのだろうか……。

 誰か一人は来るだろうと勝手に期待していた結果、新入部員はゼロだったのだ。

 このまま待っているだけでは、きっと変わらない。

 だったら、何をすればいい?

「そんなに悩むなって。せっかくの食事が不味くなっちまうぞ」

 今夜、俺と先生は雪兎先輩の家で食事をご馳走になる。

何故そうなったのか。俺と先生が二人でサッカーの練習をしているところに、ひょっこりと雪兎先輩が現れ、「ゴールデンウィークだし、今日、僕ん家来ない? 美味しい料理作って待ってるからさ」と、誘ってくれたのだ。

 春休み以降、先輩はちょくちょく練習を見に来ていた。

 まあ、見に来ているだけで、別段指導をしてくれる訳でもなく、ただ雑談をして帰っていくだけなのだが。

 雑談をしていく中で、先輩の人となりが垣間見えてきて、以前先生から言われたことが痛いほどに分かってきた。

 憧れの人が、私生活や性格に至るまで、全てが完璧であるとは限らない。

 天才サッカープレイヤー、冬月雪兎、趣味は熊狩り。

 俺は彼に勝手に憧れて、勝手に失望もしたけれど、それでも彼のことが嫌いにはなれない。

 傍目に見れば練習を邪魔しているのではないか、とも思える彼の訪問を待っていて、そして、彼との雑談を楽しみにしている自分がいる。

 だからこそ、今回、先輩が家に招いてくれた時は単純に嬉しかった。

「ほら、着いたぞ」

 木々に囲まれた道を抜け、開けた視界の先を見ると、レンガ造りの立派な家があった。

 森の中に建つその洋館は、一瞬、自分が外国にいるかのような錯覚を覚えさせた。

「な、スゴいだろ、雪兎の家。意外とリッチなんだぜ、アイツ」

 車から降り、家を見上げながら、先生が言った。

「確かに、スゴいですね」

 そういえば、先輩は普段何をしているのだろう。

 趣味は熊狩りといっても、さすがに、そればっかりではないだろう。

 他にも色々と気になることはあるけれど、また機会があった時に聞いてみるか……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る