社長になった人

「あ、ここ」

 学生寮のとある一室の前で、雪兎先輩が足を止める。

「サッカー部全国優勝記念室」。

 文字通り、サッカー部の全国優勝を記念して作られた部屋。優勝トロフィーや記念写真が飾ってある。

「まだ残ってたんだね~。近年のサッカー部の没落ぶりを聞いて、てっきりもう取り壊されちゃったかと思ってたんだけど」

 知っていたのか、没落ぶりを。でもまあ、先生も現状くらいは伝えてるか。

「中に入って話でもしようか」

 と言って、先生が部屋の鍵を開ける。部屋の管理人の名札には「薄桜春」と書かれていた。そういえば、俺は今まで一回しかこの部屋に入ったことがなかったな。

 部屋の中は思ったよりも片付いていた。先生が時々、掃除でもしているのだろうか。

「変わってないなぁ。卒業した時と全く同じ。……知ってる? ここ、元は僕の部屋だったんだよ。卒業する時に記念として、こういう形で残してもらったんだ~」

 だから、学生寮内にあったのか。そんなことは先生から一言も聞かされていないが。

「わぁ、懐かしいなぁ、この写真」

 雪兎先輩が、こっちこっちと手招きをする。

「これ、優勝した時に撮った写真だよ。皆、若いねぇ」

「今でも、十分若いですよ」

「そうかなぁ。……あ、これ、七年前の僕」

 指で示された方に目を向ける。

 写真の中のユニフォーム姿の雪兎先輩は、今俺の隣にいる私服姿の雪兎先輩とほとんど、というか、全く変わっていない。制服を着れば、普通に高校生で通るだろう。

「雪兎は変わらないよ。ずっと若いまんま」

「ありがと~。……春ちゃんは~、髪が伸びたね。より女の子みたいになっちゃって」

「女の子みたいって言うな!」

 先生は普段は全く怒らないが、唯一「女の子みたい」と言われるとキレる。

 確かに、七年前の先生の髪は肩を越えない長さであった。髪が短い先生というのも新鮮だ。

「だったら、その長い髪を切ったらどうですか。そんなに長くて、しかも結んでるから女みたいって言われるんですよ。髪が短くなれば、少しはマシになると思いますけど」

 顔は整形しない限り、どうしようもないけど。

「いや、髪は切らないよ」

 その言葉の裏には、何か固い意志のようなものが感じられて、俺は「何故?」と聞き返すことが出来なかった。

「それで~、こっちが、さねちー」

「さねちー?」

 先輩は、また写真の中の人物を指差す。顔はカッコいいけれど、ピースサインと笑顔がぎこちない。写真を撮るために、無理やり笑っている感じ。

「さねちーって、ホント写真写り悪いよね。普段、怒ってばっかだから、こういう時に笑顔が作れないんだよ、きっと」

「主に、怒らせていたのはお前だけどな」

 だから、さねちーって?

「……あの、さねちーって、誰なんですか?」

「あれ、知らないの? 僕に憧れてこの学校に入るくらいだから、ついでのさねちーのことも知ってるかと思ったんだけど。てゆーか、春ちゃんから聞いてないの?」

 先輩は意外そうな顔をして、先生を見る。

「ああ、ええっと、雪兎はさねちーって呼んでるけど、本名は真葛秋人さねかづら あきと。ほら、名前くらいは聞いたことあるだろ? たまにテレビ出てるし、本も出してるし。この学校のOBで一番出世したっていわれる……」

「あっ、あの社長になったっていう人ですよね?」|

「そうそう、そいつ」

 真葛秋人……。彼が雪兎先輩のチームメイトだったことは、前に先生から聞いて知っていた。でも、何故社長になったのかとか、そういうプライベートなことは一切聞かされていないし、俺の方からも訊ねなかった。

「秋人は俺の幼馴染。家が隣同士で、赤ん坊の頃からの付き合い」

「さねちー、趣味はお金儲け」

「えっ」

「うん、それは否定しない。だって、あいつ今、社長だし」

「……確かに、間違ってはないかも」

 でも、せめて趣味はサッカーって言ってくれよ。いくら社長だからって、何だよ、趣味がお金儲けって。ていうか、先生や雪兎先輩と同い年ってことは、まだ二十代前半だろ?

「東京にビル持ってるよ。真葛コーポレーションってとこ」

「慶応大卒、卒業後に起業して若くして成功、家柄も良し、愛車はフェラーリ。どう、かなりの優良物件でしょ。ま、性格はちょっとアレだけど」

 何なんだ、そのハイスペックさは……。

「さねちー、この頃はまだメガネ掛けてなかったね。今のさねちーはメガネをキラーンと光らせながら、お金儲けの算段を練ってるんだよ」

「……へえ、そうなんですか」

 もう閉口するしかないって感じだ。

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