第156話

 水精霊の言葉を信じるなら、シーサーペントに対しては言葉を重ねても無駄ということであるな。

 

 キュォォ!

 

 先ほどは天に向かって吠えていたシーサーペントは、今度はこちらに向いている。明確に威嚇してきているということか。

 であれば、信じるならもなにも、水精霊の言葉は正しかったようだ。

 決めつけるのは良くないかもしれんが、これまでに出会った魔獣と同じくこやつも意思疎通ができるような相手ではないようだな。

 

 「とはいえ、此度は命の奪い合いをしようということでもない。そなたも、適当なところで引くのだぞ?」

 

 通じないとはわかっていつつも、語り掛ける。吾輩は勇猛なる獣の王であるからこそ、従わぬからと一方的に踏みつぶすようなことはしたくない。

 

 キュゥゥォォオオオ!

 

 ひと際大きな声でシーサーペントが吠えた。威嚇から攻撃態勢に入ったということであるが、吾輩の偉大さの一端でも感じ取ったのであろうと前向きに考えておこう。

 そうなのであれば、あとは実際に力を示せば良いだけだな。

 

 「では、水精霊よ。少し脅かしてやろう」

 『承ったで~』

 

 吾輩の意図を汲んだ水精霊が空中を舞うようにくるりとまわった。こちらからの魔力供給を受けて、自然に干渉したようだ。

 そしてその水精霊が行ったことは、すぐに現象として見ることができた。

 

 キュォォォォォ!

 

 シーサーペントは先ほどまでとは違う、驚きや焦りに満ちた声を上げてのたうちまわり始める。

 

 「っ!?」

 「……なにが?」

 

 後方からナディアや漁師たちが戸惑っている声が聞こえた。あの場所からでは海面が見えていないであろうから、ただただシーサーペントがその巨体をのたうちまわらせているとしかわからないのだろう。

 海面が見えていれば、そこに渦が出現して、洗濯機に放り込まれた衣類のように魔獣の体を捏ねまわしているのが見えたであろうが。

 

 『後はタヌキ様の魔力をちょっとでええから見せたればええねん。魔獣はそういうのに敏感やから』

 「こうか?」

 

 水精霊からの助言に従って、供給していた魔力を止めて、その一部を体外に漂わせるようにしてみる。できているかわからぬが……、できているのではないだろうか。

 

 ッ!

 

 ……ふむ、精霊術による渦が止まったことで体勢を立て直していたシーサーペントが、こちらを見てびくりと巨体を震わせた。つまり、できていたのであろう。

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