第149話

 「あなたは……あ、いや、私はナディアってぇ名前なんだけど」

 

 かしこまった態度をとったのかと思いきや、屋台店主はナディアと名乗りつつなにやら混乱しているようだ。

 これは……とりあえず自己紹介をしたいということか?

 まあ吾輩の毛並みは美しく、爪や牙は怖ろしく、そして目には威厳が溢れているからな。人間からすると気後れしてしまっても仕方がない。

 

 「吾輩はタヌキである」

 『水精霊やでぇ』

 

 落ち着かせる意味でも、改めて名乗ってやる。隣では水精霊がひらひらと手を振っているが、そちらはおそらくナディアには見えていないだろう。とはいえ、見えていないからといって礼儀を疎かにはしないところは好感が持てる。

 

 「あぁ、うん。タヌキさんに頼みたいことがあんだ。あなたがいったい何なのかはわかんねぇが……とにかく精霊術を使えるんだろ?」

 

 そういえば、先ほども水で口元を洗うのを見てとても驚いておったな。水の精霊術は吾輩ではなく水精霊が勝手に使ったものではあるが……、その辺は一々と説明するのも面倒だ。

 

 「ふむ……なんだ? ほかにもごろつきがいるというのか?」

 

 話の流れからすると、用心棒のようなことでもして欲しいのかと先回りして尋ねた。それは外れではなかったらしく、ナディアは苦々しい表情で頷く。

 

 「ごろつきじゃあねぇが、厄介なのに港の皆が困ってんだ。このままだとこの辺の店が商売できなくなるのも時間の問題って状況でな」

 

 なるほど、詳細はまだわからぬが、うまかったカバ焼やこれから食べようと思っているタコ焼がなくなってしまっては吾輩も困るな。

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