第147話

 「なんだそりゃあ……もしかして魔獣か……?」

 

 屋台店主が不穏なことを口にする。人間の特徴の一つとして、己の理解が及ばなければ排斥するというものがある。それが今発揮されてしまえば厄介だ。

 セヴィでは問題なく過ごせていただけに油断したか……と思ったのだが、よくよく見れば屋台店主の表情は怖れでも嫌悪でもなさそうだ。これはむしろ――

 

 「おい、見たかよ!」

 「見ましたぜ、兄貴。屋台の姉ちゃんがその動物に餌やってました」

 

 ――と、屋台店主の感情を推し測っていたところで、突然大きながなり声が響いた。他者を威圧することを目的とした、不快な声音だ。発したのは二人の人間。兄貴と呼ばれた大柄な者と、それにへつらう小柄な者だ。

 

 「まさかとは思うが、知り合いか?」

 「いや本当にまさかだな、見たこともねぇよ。この場所でゴタ起こすなんて余所者だろうが……」

 

 吾輩が問いかけた屋台店主が「この場所で」とわざわざ言ったということは、ここらを縄張りにする者かあるいは集団がいるということだろう。ゴタ……揉め事のことか?を起こすと、そやつから制裁を受ける、ということか。

 とはいえ、その縄張りの長がやってくるまで待っていては、この愚か極まる人間どもが何をしでかすかわかったものではない。

 まかり間違って屋台を壊されでもしたら、吾輩が美味を堪能できなくなるではないか。

 

 「すぐに謝罪して、去れ。今ならまだ許してやるぞ」

 

 吾輩は偉大かつ勇猛であるが、それ以上に寛大であるからな。先ほどの暴言を取り消す機会をくれてやる。

 

 「なぁに!? 喋っただと?」

 「兄貴、俺らも“餌付け”してもらうだけのつもりでしたが、思わぬ収穫ですぜ。あれを捕まえて、金持ちに売り飛ばしましょう!」

 

 小柄な人間が吾輩に指先を向けて嬉々として叫んでいる。ただ驚いていた大柄な方も、それを聞いて方針を定めた様子だ。唇を舐めながらにじり寄ってくる。

 

 ……ふむ。兄貴と呼んでいたし、大柄な方が主で、小柄な方が手下と思っていたが、どうにも違うようだ。大柄だが愚か度がより高い雰囲気の“兄貴”を、悪知恵の働く“弟分”がうまく誘導して利用しているというところか。まあ、愚か極まる人間どもの事情など、知ったことではないのだが。

 

 「おい、いい加減にしろ。てめぇらここがどこだか――」

 「水精霊よ、頭を冷やしてやれ」

 『了解や。ほなら、こんなもんでええかな?』

 

 屋台店主の威勢が良い口上が始まったところではあったが、これ以上は見るに耐えなかったために、動いてしまった。といっても、吾輩は水精霊に頼んで魔力を僅かばかり提供しただけであるが。

 朗らかな調子で水精霊が「こんなもん」と言った通りに、二人組を揃って転ばせる程度の水が叩きつけられ、どちらも仲良く倒れたままで咳き込んでいる。水が鼻にでも入ったのであろう。

 

 「「ひ、ひぃぃぃぃっ!」」

 

 さほども傷付ける意図はなかったし実際に転ばせただけであったが、奴らは慌てて立ち上がると、ほうほうの体で走り去っていった。

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