第146話
『うぅん、やっぱりええもんやねぇ』
いつの間にやらいなくなっていた水精霊が、またいつの間にか姿を見せて頷きながら呟いている。食事はできなくとも近くにいれば感じるものはあると言っていたが、今まさに吾輩の食事からも得るものがあった様子だ。
「用事でもあったのか?」
吾輩が聞くと、目の前にいた屋台店主は不思議そうに目をぱちぱちとしていた。一部の例外を除いて人間には精霊が見えないから、吾輩が話していると独り言のように見えるのだろう。
『ちょっと様子をな、見てきてん。それよりタヌキ様はお口がべちゃべちゃやん』
どうやら夢中で食べていたカバ焼のタレがべったりと口まわりについてしまっていたらしい。とはいえ、これだけうまいのだから仕方がないことだ。吾輩の威厳が損なわれるということもないだろう。
「ふむ、なにか……」
拭く物がないかを屋台店主に聞こうとしたのだが、水精霊が動く方が早かった。
『うちは水精霊やで?』
そういったかと思えば、少量の水が渦を巻きながら吾輩の口まわりに出現し、かと思えばすぐに消えてしまった。
首をふるふると振って残った水を払えば、タレはきれいに落ちていた。
「ありがたいが……勝手に精霊術を使うことなどできるのだな」
今の水が出現する時、吾輩の中から少量の魔力が吸い出される感覚があった。
『そやね、もちろんタヌキ様が本気で拒んどったら、そんなことできへんけど』
「なるほど」
吾輩が気を許しているからこそ、ある程度の勝手はできるということだろうか。実際にありがたかったのだから、それで何も問題はない。
「な……なんだってんだ、今のは」
精霊との会話は見えないのだから屋台店主のことは放っておいたのだが、なにやら衝撃を受けてしまっていたようだ。
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