第144話
「あん? 匂いにつられてきたのか、こいつ?」
セヴィの町では行商人が仕入れてきた品物を並べている露店がほとんどだった。しかしここではそういった露店というよりは、その場で調理して提供する屋台がかなり多い。
すぐ近くの港で水揚げしたものをここで料理にかえて旅人に売るというわけだな。
「首から何か提げてるってこたぁ、誰かの飼いイヌ? ……ネコでもねぇし……何だこの茶色い毛玉は?」
タレが焼ける香ばしい匂いが辺りには立ち込めていて、通りがかる者は現地人でも旅人でもおもわず頬が緩んでいる。
「まあ、何でもいいか。とにかく売り物にいたずらする前にとっ捕まえて――」
「さっきから、もしかして吾輩に話しておるのか?」
「――ってうおおおおっ! 喋ったぁ!?」
通りの中でも端に位置する屋台。そこの店主が何やら話しかけてきた挙句、反応してやったら驚いて尻餅までついている。
「失礼な奴だ……うむ? その串は焼魚だな?」
「おお、そうだ。タレをたっぷりかけて香ばしく焼いたマーリア名物カバ焼だぜ! うちのは代々受け継いできた秘伝のタレだから、すげえうまいぞ!」
座り込んだ体勢のままで、吾輩が聞いたことに素直に答えてくれる。失礼な奴だと思ったが、単純なだけだったかもしれんな。
「蒲焼か……、ウナギのなら前の住処で何度か食べたことがあるが……」
よく通る道にあった店の主が気弱な人間で、吾輩が相談に乗ってやる報酬としてウナギの蒲焼を提供させていたことを思い出す。
「ウナギ?……ってのは知らねぇが、マーリア名物はサバのカバ焼だな。何でもカバっていう魔獣の肌に色味と質感が似てるとか、何とか――」
立ち上がった屋台店主はどこか得意げに料理の由来を話している。……ふむ、カバといっても吾輩の知る動物とは違うようだ。もちろん植物の
とはいえ、蒲焼がカバ焼であるということになど、吾輩は興味がない。いや、知識を得ることを軽んじるわけではないのだが、今は少なくとも違う。
なにせ、こうも胃を刺激する香りがずっと漂っているのだからな。
「うん? お前よだれ垂らして……腹減ってんのか?」
「良い香りだ。一つもらおうか」
そもそもここに来た目的でもあるしな。首から紐で提げている小袋から、小銭を取り出して差し出すと、店主は目を見開いてこちらを凝視していた。
吾輩は両前脚を使わないと小銭を持てないから、この“差し出す”姿勢は苦しいのだ。早く受け取って欲しいのだが……。
「ってうおおおおっ! 変な動物が自分の財布で買い物ぉ!?」
再び尻餅をついてしまった店主が、またやたらと大声を出している。いちいち反応が大袈裟な奴だ。
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