第122話

 「――あなたを訪ねてここまで……って、あれ? なんでしょう、この雰囲気は……?」

 

 トジャが丁寧だが大仰な調子で口上を並べている周囲では、さっきの農具を持った人間にバルドゥル、ノルトール、そして周囲の他の人間まで何やら渋い表情をしている。

 細かい部分では色々な態度だったが、誰にも共通しているのは「しまった」とでも言い出しそうな雰囲気であることだろう。

 

 ……ふむ。吾輩は聡明なタヌキであるから、この人間どもが何を考えているのかはわかるぞ。

 つまりはあれだ、この前のトジャと吾輩との間の出来事を気にしているということだろ?

 

 しかしそれは二者間のことであって、他の者には関係がないし、そもそも吾輩が気にしていないということは、先ほどバルドゥルに話した通りだ。

 だというのに、そのバルドゥルまで周りと一緒になってこの状況を憂慮しているというのは、やはり人間というのは愚かにも“引き摺る”ものなのだな。

 

 そして吾輩は心が広い上に気配りもできるから、この状況をなんとかしてやろうではないか。悪い注目を集めてしまっているトジャも困った顔で頬に冷や汗など流しておるしな。

 

 「トジャではないか、久しい……というほどでもないかな。はっはっは!」

 

 吾輩の方から朗らかに声を掛けることで、もはや何のわだかまりもないということを目に見えてわからせてやる。こうでもすれば、いかに人間が愚かなりといえど空気が和らぐというものだろう。

 そして間髪入れずに吾輩とっておきの一発ギャグを披露してやれば、もはや和らぐどころか温まってしまうはずだ。

 

 「こんな天気のいい日の再会はまるで――」

 

 以前の住処にいた頃からずっと秘蔵していた吾輩のとっておきは、しかし披露する場を失うことになる。

 

 「ト=ジャ! なんですか、その態度は! まずは頭を下げなさい!」

 

 トジャの後ろから現れた、トジャによく似た別の人間に、その場の空気を掻っ攫われてしまったからだった。

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