第114話

 騒然としだした広場だったが、ジャスパーは実直な鍛冶職人の様子がずっとおかしかったことが気になっていた。

 

 「バルドゥル」

 「へっ?」

 

 ジャスパーに声を掛けられると、目に涙まで浮かべていたバルドゥルは袖で目鼻を拭ってから、体ごと向き直る。

 

 「先ほどから気になっていたが、何か知っているのか?」

 「うぐっ、その……、いえ…………はい」

 

 言い辛いことであったようだが、最後にはバルドゥルは頷いた。そして「実は……」と切り出してからは、堰を切ったように一気に経緯について話したのだった。

 

 「――なるほど」

 

 バルドゥルから森族の学者ト=ジャ・キュピィについて聞いたジャスパーは難しい表情をしていた。いつの間にか話に耳を傾けていた周囲も沈黙に包まれているが、それは決してバルドゥルを非難するような雰囲気ではなかった。

 

 「すみません、エバンズ様。自分もその場に同席するべきでした……」

 

 この件で直接バルドゥルとやり取りをしていたゲイルは責任を感じて俯いていた。

 

 「いや……、折衝事は苦手だからとゲイルに押し付けていた俺の責任だ」

 

 普段の声の大きさから一変して張りのない声音でシエナがゲイルを慰めようとする。ゲイルの肩に置いた手の震えから、その言葉にある“責任”が慰めのための方便ではないことが見て取れた。

 

 「私は肝心な時に師匠のそばにいれなかったっす……、あんなにお世話になっているのに……」

 

 アイラの言葉は本人が責任を感じなければいけないようなことではなかったが、多かれ少なかれ似たことを感じているこの場の面々は誰も否定の声を上げられなかった。

 

 「辛い気持ちも……自分を責める気持ちもわかります……、私も皆さんと同じですから……」

 

 そこでリットが両手を組み、薄く開いた目に静かな色を灯して話し始める。それは司祭らしく苦しむ者に寄り添う優しく包み込むような声音だった。

 つい先ほど誰よりも大声で叫んだまま、今の今まで天を仰いで目を見開いた恐ろしい形相で固まっていた人物と同じとはとても思えなかったが、さすがに突っ込む元気のある者もいなかった。そしてその静かな表情が優しい聖職者ではなく、どちらかというと狂信者染みているとジャスパーが感じ始めたところで、リットの言葉は続いていた。

 

 「……なので、その不敬な学者を皆でしと――あっ、いえ、お話を聞きにいきましょうか」

 

 「満面の笑みが怖い」であるとか、「それって憂さ晴らし……」などと、この場の全員が色々と思ったが、結局揃って口にしたのは「今絶対“仕留める”って言おうとした」だった。

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