第112話

 「そんな……師匠は私には相談も何も…………」

 

 ちょうど訓練の経過報告に訪れた騎士団の副団長であるゲイルと、随伴していたアイラはバルドゥルが大きな声で騒ぐところから目にすることになった。アイラはかなりの衝撃を受けた様子で、手にしていた書類を取り落としている。

 

 しかしゲイルの方は町の治安を預かる騎士団の副団長として、落ち着きは保っていた。

 

 「エバンズ様、騎士団の総員に出動命令をお願いします。町の外を広範囲に捜索するには人手が必要です」

 「総員だと!? 落ち着け、ゲイル副団長!」

 

 落ち着いていたのは外見上だけであったようで、青い目をきりりとさせての進言は、ジャスパーを大いに動揺させる。

 

 「町の治安維持やもしもの備えを放棄する気かっ!」

 「す、すみません……」

 

 いつもの大声での叱責が正論であったからか、幾分か正気を取り戻したゲイルは沈痛な表情で謝罪の言葉を口にする。どういう意図や心境であったとしても、人々を守ることが本分である騎士がそれを軽んじるような発言をすることは恥ずべき事だ。少なくともゲイルはそう自覚したからこその、表情だった。

 

 「でも探しにはいかせてくださいっす!」

 

 しかしそんなゲイルの言葉に触発されたのか、露骨に落ち込んでいたアイラは顔を上げて提案する。即座に難しい顔をしたジャスパーだったが、意外な方向から援護射撃がくる。

 

 「さがしてあげて、とうさま。あたしもさびしいよー」

 

 エリスの悲しそうな声に、ジャスパーは娘を溺愛する親心と、領主としての責任感の間で板挟みとなる。

 とはいえ実際に、セヴィ領の誇る騎士団は、質の面でも量の面でもそれほど脆弱な組織ではない。だからゲイルの極端な進言はともかくとして、ジャスパーとしてもそこそこの対応をするくらいの余裕はある。

 

 「わかった! とにかく捜索に人手は割こう。シエナ団長は広場か?」

 「はいっ、まだそこにいるはずっす!」

 

 娘を安心させようと殊更に大きな声で宣言したジャスパーの言葉に、誰より早くアイラが返事をして、とにかくこの場から移動することになったのだった。

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