第108話

 「それは私にも話せますかっ!」

 

 尖った長細い耳の先を赤くしながら、トジャは聞いてくる。

 

 「吾輩に聞かれても知らん。そなたが今、話せないということはそうなのだろう」

 

 としか吾輩にはいいようがない……。露骨にがっかりとした態度を見せるトジャだったが、吾輩は視界の端にいた火精霊には意図的に視線を合わせないようにする。吾輩が間に立ってやりとりをさせることは可能といえば、可能ではあるが、ここまでの感じからするにそうしない方が良いような気がするのだ。

 

 「ま、まあ、俺たちにはどうにも難しい話ですね。ト=ジャさん、これから実験農場の方を案内しましょうか」

 

 重くなった空気に耐えかねたようで、しばらく静かにしていたバルドゥルがトジャを慰めるように提案している。

 

 「しかし……毛玉さんは――」

 「吾輩はタヌキである」

 

 バルドゥルの提案には答えず、何かをなおも言い募ろうとしたトジャだったが、さすがにこう何度も名を違って呼ばれるのは不快だ。

 

 「あ、失礼しました。……タヌキさん、とお呼びすれば?」

 「……ふん」

 

 鼻を鳴らして顎を上げ、吾輩の貫録を見せつけることで肯定の意を示す。体の大きさの違いからして、吾輩が対面のトジャを見上げるような形になってしまってはいるが、まあ仕方ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る