第95話

 「おお、これはシャキプの実に似ていますが、微妙に長細い形状をしているようです! 店主さん、これは何なのですか!」

 「え、いやこれはシャキプの実だよ。兄さんの故郷じゃ違ったのかい……?」

 

 フードを下ろした外套姿のいかにも旅をしてきたという風な人間が、露天商から赤い木の実を買いつつなにやら問い詰めている。

 あの実は吾輩にも見覚えがある……。やや酸味が強いが、後味として残る独特な甘みが癖になる一品であった。つい最近、バルドゥルと温泉で話した日に初めて食して以来の、吾輩のお気に入りだ。

 

 「あなたの身につけている首飾りには珍しい意匠が施されていますね! 複雑な紋様が美しい未知の紋章が刻まれているっ!」

 「これは孫が作ってくれた贈り物じゃよ」

 

 と、吾輩が記憶の中の味を楽しんでいる間に、今度は通りがかった老いた人間に話しかけている。掴み掛からんばかりの勢いではあったが、よく見ると老いた人間の方もにこにことしていて聞かれたことが嬉しそうな様子。

 この辺りを縄張りとする上位存在たる吾輩としては、不埒者であれば放っておけないところであったが……。あれは騒がしいだけで問題がなさそうであるな。

 

 「変わった森族のお人だねぇ」

 「む、そうなのか?」

 「物静かな人が多い印象だからね。といっても私も直接会ったのは数えるくらいしかないんだけど」

 

 歩いてきた吾輩がちょうど隣まで来たところで、先ほど木の実について聞かれていた露天商がその木の実を吾輩へと差し出しながら話しかけてくる。

 吾輩としては「あれが森族という人間なのか?」と聞いたつもりであったが、違った風に受け取られた。……ふむ、確かに長くて先の尖った耳などはこの辺りに多い草族や、バルドゥルがそうだという山族とは違った特徴ではあるな。

 

 それはそうと、やはりこの酸味の中で存在を主張する独特な甘みは良いものであるな。

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