第57話
ゲイルめ、吾輩の助力を素直に受け取れば良いものを……。
む、もたもたとしていたから、あやつが来てしまったではないか。
「どうした! 出発早々に問題か? 準備はしっかりしろといつも言っているだろう!」
距離があるのに大きな声で頭が痛くなる。
「……はあ」
溜め息をこれ見よがしに吐きながら目を向けると、大声の主――シエナ――としっかりと目が合う。
「そいつが原因か!? 見慣れん女……いや男? えぇい、どっちでもいい! 見慣れん奴だな!」
近づいてくると一層と声が大きく、毛のない肌がびりびりと震えるようだ。さらに上背があるものだから、この武者集団の頭領であることを納得させるだけの迫力を備えている。
そんなシエナが吾輩の目の前で足を止めると、自然な動作でこちらへ右腕を伸ばしてきた。その手が向かう先は吾輩の頭頂、つまりは頭を撫でようとする動作だ。
「……ふん」
「っ!」
吾輩は当然、そんな安いタヌキではない。今は人間の姿をしているが、高貴な精神は何も変わらないからだ。
それを示すため、右腕の肘を曲げた状態でぐるりと回して、不躾に撫でようとするシエナの手を素早く払いにかかる。
むっ! シエナめ、吾輩の払おうとする右腕を、撫でようとしていたのとは逆の左手をぬっと伸ばして掴みおった。ならばっ!
「なんの!」
思わず声を出してしまいながら、吾輩は右腕を掴まれたまま、ぐっと力を入れてこちらへと一瞬だけ引く。
「ぬぁ!」
それは見事に不意をつけたようで、シエナは間抜けな声と表情で少しだけ体勢を崩す。ここで崩れを少しにとどめたのは見事なバランス感覚といえるが、もうそれで十分だ。
「気安いぞ、そなた」
勝利宣言を口にした吾輩は、ここまであけていた左手をまっすぐ跳ね上げてシエナの右手を打ち据えた。
「…………」
軽い衝撃を与えただけだったが、それで満足したようでシエナは打たれた右腕を引き、掴んでいた手を放して左腕も引いた。ここまで無言だったが、シエナの表情は驚き二割に喜び八割といった感じの好意的なものになっていた。
「ついてこい!」
「え、シエナ団長!?」
ゲイルは戸惑っているが、シエナはとりあえず今ので満足したようだ。…………面倒な人間だ。
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