第56話

 危うく……というか、既に遅れてしまっていたが、露店商のご婦人から情報を聞けたことが功を奏した。

 つまり、吾輩は町の門を出てすぐのところで、出陣した武者たちに追いつくことができていた。向かう方向を間違えていれば、今頃誰もいない草原を走っていたかもしれんと思うと、もう少し念入りに世辞を言っておいた方が良かったかと思えてくる。

 

 「は? え?」

 「吾輩はハエではないぞ」

 「し、失礼いたしました!」

 

 集団の最後尾近くを歩いていた若武者がこちらに気付いて何やらうろたえておったから、肩の力を抜いてやろうと一流の洒落を披露してやったのに、大真面目に頭を下げられてしまった、むう……。

 

 「おいどうした遅れ、る、……な?」

 

 そんな様子を目ざとく見つけたゲイルが寄ってきた。まあわざわざ、というよりは全体を見渡して遅れがないかをちょうど確認していた様子だ。副団長として感心だな。

 しかしそんなゲイルも立ち尽くす吾輩に頭を下げる若武者を見て露骨に戸惑っている。何をしているのだと聞かれれば吾輩も困るのだから、傍から見ればなお更であろうな。

 

 「おお、ゲイルよ、吾輩もついてゆくぞ」

 「どうして自分の名を……、どこかでお会いしましたか?」

 

 そうであった、吾輩は今は勇壮にして畏怖の対象たるタヌキではなく、立派な剣を持っただけのただの人間なのであった。

 ただ生意気なゲイルめがこうした態度をとるあたり、吾輩のぽこんと変身術は上々であるようだ。

 

 「それはまあ良いではないか。助力してやろうといっているのだから、そちらも利用してやろうくらいの態度で構わんぞ」

 「しかし……」

 

 ……むう。ゲイルが煮え切らない態度をとっている間に、町から然程も離れていないのに、討伐隊全体が止まってしまったではないか。足を止めさせずにすっと混じるのが理想的であったのに、どうしてこうなった。

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