第40話

 「エリスが、少し珍しいペットを連れ帰ってな。生き物の世話も良い経験かと飼うことを許可したのだが……」

 「おお、なるほど、あの後ですな。では同行させたゲイルが認めたのであれば危ない動物や魔獣ではありますまい」

 「危なくはない……危なくは……」

 

 なんとも歯切れの悪い父の様子に、ジャスパーは眉をしかめる。しかしそんなことより娘そのものに意識が向いているジャスパーは、それ以上に突っ込んで聞くこともしない。

 そして、すぐに館内の廊下で、ハリーは足を止めた。窓が並ぶその場所は庭に面しており、ジャスパーはすぐに愛娘が庭遊び中であるということを察して相好を崩す。

 

 「おぉ、見たことのない小動物だが、茶色くてモフモフで可愛らしいではないか。何よりエリスと並ぶと絵になる!」

 

 エリスが母から受け継いだ髪色である茶は、神話に伝わる救世の勇者の髪色であり、縁起の良いものとされている。だからこそ、その色の動物をジャスパーは無条件に好ましく思い、庭の芝生の上で一緒に戯れるエリスの姿を窓越しに見て機嫌も良くなった。

 

 「だから、いちいち叫ぶでない」

 

 どこか疲れた様子で、ハリーは再び注意する。それを自分への叱責疲れと受け取ったジャスパーだったが、ハリーが疲れているのはそんなことが理由ではない。もちろん、まだこの時点のジャスパーはそんなことを知る由もないが。

 

 「ふふ……、今この父が――」

 

 厳つい顔を情けなく緩めながらジャスパーは窓を開く。町に住む山族の鍛冶師が手掛けた窓のガラスは透明度もなかなかのものだが、やはり直視するのは鮮明さが段違いだ。

 そしてそれによって、音もジャスパーの耳に届くようになった。つまりは、エリスがその小動物と“会話”する声が。

 

 「またしさいさんに、おいかけられたの?」

 「うむ、リットは悪い人間ではないのだが、少々思い込みが激しい性分だな」

 

 声だけ聞けば、エリスが同年代の少女と話しているような、可愛らしい二つの音声によるやりとり。しかしその内容は、齢を重ねた老人が子供の相手をするようなそれだった。

 

 「喋っているぞ!?」

 

 館に帰ってきてから一番の大声がジャスパーから飛び出したが、この時ばかりはハリーも注意をせずに頷いていたのだった。

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