第38話

 まあ、リットの事は今は置いておこう。先送りではない、これは吾輩の知性が成し得るやるべきことの優先順位付けという高度な思考技術である。

 

 「バルドゥル?」

 「お? おぉ!」

 

 吾輩が声を掛けるとバルドゥルは一瞬きょとんとしおった。こやつもリットに怯んで会話が飛んでおったな。いや、違った。こやつ“は”リットに怯んで会話が飛んでおったな。

 

 「タヌキよっ!」

 「ぬおっ」

 

 がばっと床に伏せたバルドゥルが、両手で吾輩の右前脚を握ってくる。地に伏せたその姿勢は敬虔な信者のようなそれだが、目に宿る輝きもまた尊敬や感謝といったものを感じさせる。

 これは……悪い結果ではない?

 

 「ありがとう! まだ経過を見ている途中だが、作物に元気が戻っているんだ」

 「それは良かったな」

 

 どうやら地精霊と火精霊から聞いた対処法は功を奏しているようだ。とはいえ、地精霊の『対症療法』という言葉が引っ掛かるが、それを今気にしてもどうしようもなかろう。

 なんにせよ、今はこうしてバルドゥルの当面の悩みが晴れ、これほど真摯に感謝を…………真摯に……感謝……。

 

 「えぇいっ! 吾輩の肉球を気安くぷにるなっ!」

 「あっ……」

 

 何が「あっ……」だ、この愚かな人間め。背は低いが、山族らしい立派な髭にがっしりした体格のバルドゥルがそのようなことをしても、威圧感しかないわっ。

 

 「………………」

 「しさいさん、おめめこわいよ?」

 

 そしてリットよ。そんな目でこちらを凝視するな。エリスが怯えるだろうが、あとバルドゥルも。……決して勇猛な吾輩が怯えている訳ではないぞ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る