第29話

 「俺はそもそも鍛冶屋が本業なんだが……山族だからな、農家連中から相談されたことを試したり調べたりしているうちに、気付けば実験農場なんてもんを領主様から任されていた」

 『この町の大多数は草族……ですから。土石のことには疎いのです……。本当は農業……つまり植物のことなら……森族が得意とするところなのですが……この町には住んでいませんから……』

 

 農場のすぐ脇にあるちょうど良い大きさの岩に腰かけてバルドゥルは語る。独り言のつもりらしいバルドゥルの言葉では足りない情報を、火精霊がすぐに補ってくれるから、吾輩が理解するのに問題はない。

 

 「最近妙に多いのが、作物に元気がないって相談でな」

 「また曖昧であるな」

 「だろ? 収穫量が目立って減るでもなし、味なんかに苦情があるでもなし。ただなんとなく葉や実の色艶が悪くなってきた気がするってな」

 

 吾輩の合いの手がちょうど良かったのか、バルドゥルはすらすらと言葉を紡いでいった。

 

 「ただの感想なら一蹴するところだが、俺の方でも確かに悪くなっているのが確認できた。……けど、それだけなんだよなぁ」

 

 腰元の小さな鞄――普段は鍛冶道具を収めるのであろう――から取り出した紙束を、ぱらぱらと捲りながらバルドゥルはため息をついている。あれは観察記録のようだな、色や大きさなどを細かく記しているのがここからでもちらりと見えた。

 実害はないが、何かがおかしいことだけはわかった、ということのようだ。現状は良くても先のことを考えると、人間どもが不安がるのも当然であるな。

 

 「つまり放ってはおけんが、原因の見当もつかんから、対策などできない。ということだな」

 「お、おぅ……。タヌキすげぇな、正にそういうこった」

 

 定期的にうっとうしい反応をする奴だな。

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