第28話
「バルドゥルはこの実験農場の何がそれ程悩ましいのだ?」
「……っ!」
互いの名乗りも終わったというところで、本題に入ろう。
……と思っての言葉だったのだが、この人間は立派な髭を震わせて何をそんなに驚愕しているのか。
「な、なぜ、俺が悩みを抱えていることを知っている……っ! 近所の人間にもバレんように振る舞っていたんだぞ……」
ああ、なるほど。吾輩は火精霊から話を聞いてきたが、人間は一部の例外を除いて精霊の姿を認識できないのであったな。そこを説明するのもまあ面倒か……、いや、わざわざ隠すような真似をするのも余計に面倒か…………。えぇい! 面倒な!
「吾輩が精霊の声を聞いたからだ。火精霊のな」
「はぁ? いや、まあ、そうだな……、何を俺は真面目に受け取って驚いていたのだか。いや、ははは、すごいな、タヌキは」
もうそのまま告げてみた訳であるが、いささか納得のいかんリアクションながら、バルドゥルは愚かな人間なりに落としどころを見つけたようだ。いささか納得がいかんが。
『す、すみません……タヌキ様……』
申し訳なさそうに縮こまる火精霊だが、吾輩は責任転嫁をするほど狭量ではないぞ。
「しかし、うん、そうか。言葉にすることで考えがまとまるという話も聞いたことはあるな。……さっき言ったようにここは実験農場として俺が面倒を見ているんだが――」
そして吾輩が火精霊に意識を向けていた間に、バルドゥルは語りに入っている。要するに抱えきれなくなりつつあったから、誰かに聞いては欲しかった訳であるな。……ふむ、であればやはり吾輩がここへ訪れたのは正解だった。
茶褐色の毛皮で覆われた吾輩のもこぽことした威容は、矮小な人間からすると安心感をもたらすのだろう。時おりこうして、吾輩に向かって悩み事を呟きに来る人間もいるのだ。
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