第27話

 火精霊についてとこぽこ歩いて辿り着いたのは、町中にある小さな畑だった。

 セヴィは吾輩の前の住処と比べると、前時代的といえばいいのか……牧歌的な町だ。それ故に畑や牧場も広いのだが、それらは基本的には住宅が集まる中心部を囲って存在している。町中で見るのは精々が個人的趣味でやる菜園や花畑といったところだ。

 そしてそのおそらく唯一の例外が、今やってきたこの畑。ここだけは町中にあってそれなりの規模の耕された土から、様々な芽や茎が伸びている。

 

 「……ふむ? おかしな畑だな。色々な種をばらばらに蒔いたかのような……」

 『それは……』

 

 火精霊に聞いたつもりの言葉だったが、答えは違う所から返ってくる。

 

 「ここは俺が面倒みている実験農場だからな。……で、もふもふしたお前さんがアレか。噂になっとる領主様のお屋敷に住み着いた毛玉か」

 「もふもふ……毛玉……? ふむ、吾輩のこの艶のある毛並みと、立派な尻尾を褒めているのだな。まあ、目の付け所は良い」

 

 吾輩がエリスの屋敷にて居候をしている経緯を少し誤解している様子もあるが……、今話しかけてきたこの人間はそれなりに年嵩であるから、ま、仕方のないことであろう。

 

 「元気そうに見えるが?」

 

 火精霊の頼みは、悩んでいる人間の様子を見てやって欲しいということだったはず。頭部の毛が薄いわりに髭が立派なこの人間はふてぶてしいだけに見える。

 

 『いえ……それが……、この畑を見ながら、よく不安な表情を見せていたのです……』

 

 トカゲ面の火精霊に人間の表情がわかるのか……。というくだらない冗句は置いておくとして、正に今見ていたこれが悩みの種であったのか。

 

 「お前さん、どうした急に? ぽこぽこと独り言を呟きおって……」

 

 さっきから『お前さん』などと繰り返しおって、こやつ。吾輩は由緒正しき…………? おっと、そうか。名乗っていなかったな、まだ。

 

 「吾輩はタヌキである」

 「……? ん?」

 

 理解が遅い。これだから愚かな人間は。

 

 「吾輩は、タヌキ、である」

 「お、おう、そうかそうか。俺はバルドゥルってもんだ」

 

 ふう……。コミュニケーションの初めの一歩を踏むだけにエライ労力であることだ。

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