第5話

 ごとごと揺れる箱馬車の中、吾輩は先ほどの幼い人間に抱えられていた。

 広い馬車の中にいたのはこの人間だけであり、空いている座席はあるにもかかわらず、だ。つまり吾輩を最上位においた扱いであり、一目見ただけで吾輩の威厳を見抜いたこの人間は、ひとかどの人物なのだろう。

 あるいは例の、幼い方が見識があるという人間特有の性質によるものかもしれない。

 

 「人間、君の名前はなんという?」

 「わっ、しゃべった!」

 「それは喋るとも、当然であろう?」

 「そっかー、とーぜんかー」

 

 何が楽しいのか、にこにこと笑っている。それはそうと先ほどから抱きかかえたままで吾輩の前脚をぷにぷにとして、我が峻厳たる態度の象徴ともいえる肉球を弄ぶのはやめて欲しい。

 

 「それで?」

 「なにー?」

 「名前を教えてはくれないのか?」

 

 お互いに『?』を投げ合う会話というのは疲れるものだ。しかし不思議とやめてしまおうとも思わない。

 

 「あたしはねー、エリスだよ」

 「そうか、エリスは――」

 「あなたは?」

 「――ふむ? 吾輩はタヌキである」

 「タヌキさんっていうんだー」

 

 ゆっくりゆっくりと、一歩ずつ路面を踏み固めていくようなもどかしい会話。それはなんとも、心地のいいものだった。

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