第4話

 「きゅううううぅぅ」

 

 ぐっすりと寝て起きた直後の伸びというのは、どうしてこうも気持ちが良いのであろうな。

 

 「……ふむ?」

 

 これはまた……どこであろうか、ここは。

 あの白い場所のような神聖かつ不可思議な空間ではないが、さりとて知らない風景だ。少なくとも我が住処ではない。雰囲気からすると、おそらくだが長野だろう。

 

 「……もり? ……そうげん? ……みち?」

 

 右、左、右と首を傾げながら目についたものを列挙してみたが、周囲は低い草の原っぱが広がり、少し離れた場所には森らしき木々の塊が見える。そして遠くは山々に囲まれていて、すぐそこの草が途絶えて見える部分は、おそらく道だろう。

 吾輩のようなシティタヌキにとってみれば、コンクリートもアスファルトも一切見えないこういった場所は、むしろ落ち着かない気分になってしまう。四本の脚で踏みしめる大地のジトっとした感じが馴染まない、といえばいいのか。

 まあ、地方都市のあの住処にも普通に林や山はあったからして、土の感触など当然しっているが……。気分のことを言っているのである。

 

 「と、虚空に向けて主張しておっても、何にもならん」

 

 当てどもなく歩き出す。風が草を揺らす音以外には、ぺしぺしぽこぽこと吾輩が地を踏みしめる勇壮な音しか聞こえない。

 

 「……と、あれは?」

 

 人の一団だ。

 草原の中の道を行く箱馬車と、それを囲む西洋風騎馬武者の一団。

 それがこちらへ近づいてきて、動きが止まる。

 吾輩は人は好きだ。愚かであるが故に可愛らしい。であるからこそ、前世――というにはあまりにもつい先ほどだが――においても、同胞と人が必要以上に争うことのないよう奮闘した。

 この連中も吾輩の威容に慄き、敬意を示して接してくるというのであれば、庇護下においてやってもよいかもしれぬ。

 

 ガチャリ

 

 意外と重々しい音で箱馬車の扉が開き、中から幼い人間が降りてくる。

 

 「わ! なぁに、このこ~!」

 「あ、お嬢様、近づいては駄目です。可愛らしく見えても危ない魔獣かもしれません!」

 

 とてとてと走り寄ってくる幼い人間が吾輩の元まで辿り着く方が、止めようと焦る騎馬武者の動きよりも早かった。『マジュー』というのはよくわからんが、あの騎馬武者の恐れようは見る目がある。

 

 「かわいい~! ふっかふか~!」

 

 はて……? 掲げもってから抱きすくめるというのは、長野では一般的な敬意の示し方であるのだろうか?

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