転生タヌキ、編

第3話

 はて?

 疲れて眠ってしまったと思ったが……、ここはどこだ?

 

 「もし、御仁。どこまでも白くて広いこの場所は、どこだかご存じか?」

 「ふむうぅ……」

 

 ちょうど目の前にいた立派な白髭のご老人に問い掛けてみる。何故だかはわからぬが、このお方にはさすがの吾輩も下手に出るべきだと、我がヒゲ先もふるふると震えている。

 

 「う、うぐ、ぐ、ぐふうぅうぅ……うああああぁぁぁ」

 

 と思えば、目の前でご老人は身も世もなく泣き崩れた。

 面妖だ。

 立派な風体の御仁が、こうも感情を露わにするというのは、なんともいえず、こちらまで気まずくなってきてしまう。

 

 「う、うぐ……、すまぬ。取り乱した」

 「い、いえ……落ち着かれましたか?」

 「うむ」

 

 立ち上がってもまだ目は潤んでいるものの、会話ができる状態にはなったらしい。

 では、改めて。

 

 「この場所は一体……?」

 

 どこからともなく取り出した、可愛らしい刺しゅう入りのハンカチで目やら鼻やらを拭っていたご老人は、吾輩の問いに間髪入れず口を開く。

 

 「あの世とこの世の狭間……、世界のどこでもない場所、じゃよ」

 

 それはまた……荒唐無稽な。

 

 「お主は死んだからの……う、ぐすっ、思い出したらまた、ふぐううぅ」

 

 加えて衝撃的であるな。

 

 「こ、こんなに可愛らしいタヌキさんが、あ、あ、あのようにいいいいいぃぃ」

 

 また泣き崩れてしまわれた。

 あまりの光景に、吾輩もどうしてよいのかわからぬ。つい先ほど告げられた衝撃的な事実――つまり、吾輩は死んでしまったらしい、ということに落ち込むことすらできない。

 

 少し待つと、再び立ち上がったご老人が、話を再開してくれた。

 

 「お主の献身的で慈悲深い生き様には儂らも感服した。よってそやつの眷属として第二の命を与えたく思う。上からの物言いになってしまってすまんが、要は儂らに手を貸して欲しい、ということじゃな」

 「そ、それは光栄なことですが……」

 

 このご老人が神か仏か別の何かか……、何であっても吾輩より上位の存在であることは一目見た瞬間からわかっていた。だからこの方に仕えよということであれば本心から光栄であるし、生き返れるというのならなおのことありがたい。

 しかし、ひとつ引っ掛かるのだ。『儂ら』に『そやつ』……、その言い方ではご老人のような存在が複数いて、というかその辺に今いるというようではないか。

 

 「何を不思議そうなつぶらなお目々をしておる、可愛いのう……はっ! つい見とれておった。……ごほん、では了承してくれたということで、お主にはそやつに属する神獣として、そやつの見守る世界に赴いてもらおうか。それが見習いとしての研修、といったところじゃの」

 

 矢継ぎ早に告げられた言葉に質問をする暇もなく、吾輩は再び眠気に襲われる。

 いかん……、これは抗えん。

 そして完全に意識を手放す直前になって、後ろから吾輩自慢の勇ましい尻尾を優しい手つきで撫でる感触があったことに気付いたのだった。

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