052 ちょっとした細工
<
太古の地にて くすぶる
災厄の
我が声の響きに応じて
来たれ
固まり
詠唱を終えたラースの直上から無数の溶岩が放たれて、周囲に降り注ぐ。
火力もさることながら、この魔導術の最大の利点である爆風によるモンスターの
「ようやく中心部の入り口ってところだな」とラースが周囲を確認しつつ言う。「普段なら二、三分で<紅月城>に辿り着けるってのに、一〇分以上かけてまだ着けないとはね」
「でも、城壁は見えてきましたよ。あと少しです」
「そうだね」
ラースは息を整えるように深呼吸をして状況を確認する。
これまでの道程で観察していた限り『フリトトの呪い』には、ちょっとした規則性がある。
まず、最優先で襲いかかるのはNPCのアストラリアンである。
アストラリアンはプログラムされた動きを忠実に守って行動する。そのルーティンの中でイレギュラーが発生した場合、周囲に警告はするものの、自分で対処ができるほどの厳密なコマンドが用意されているわけではない。
なので『フリトトの呪い』に襲われたとしても、言葉による警告を発することはしても、抵抗したり逃げたりすることはない。そもそも街中でアストラリアンが傷を負うことなど想定されていることではないから当たり前である。
複数の『フリトトの呪い』によって襲われたアストラリアンは、噛みつかれたり、爪で引っ掛かれたりして身体をバラバラに分解される。
二〇から三〇個くらいのパーツへと分解されると、今度はそのパーツ一つひとつが『フリトトの呪い』として自己修復し、亡者の姿へと変貌を遂げる。
さらに、周囲にアストラリアンの姿が見えなくなると『フリトトの呪い』同士で共食いをはじめて、それによる分裂を繰り返すという行動も確認できた。
……共食いか……そりゃあ無限に増えるわけだ。
……そこでようやく中間地点。そこからさらに<
行けるだろうか?
ラースは手持ちの回復アイテムの分量と、魔導術の使用スキルポイントの計算をする。
『フリトトの呪い』を倒す必要はない。要は周囲に近づけなければいい。
爆圧や風圧を伴う魔導術をやり繰りして、亡者を突き放せる程度のノックバック効果を断続的に続けていれば、それほど怖い相手ではない。
……だが、果たしてこの物量の敵を相手に、どこまで進めるだろうか。
<西の大通り>では謎の少年アバター――クロン・ミューオンの桁外れな攻撃魔導術のおかげで大分楽に進めてこれた。
その幸運を期待することは、もはやできないだろう。
クロンは、人目に触れるのを極端に避けている。ただでさえ運営に目を付けられているっぽい自分たちと行動を共にするリスクを犯すとは思えない。
――『フリトト』を解放させてはいけない。
この情報を伝えてもらえただけでも充分だ。もしあの時『フリトト』を解放して攻撃していたら、さらなる増殖行動を促して本当にヴァシラ帝国が崩壊する可能性だってあったのだ。
……まさか『
プレイヤー同士の国盗り合戦である『紛争』イベントにおいて、最強鉄壁を誇るヴァシラ帝国が、こんな訳の分からない亡者共に制圧されてしまったら……どんな自体になるのか想像すらできない。
「ラース! <勝利の広場>が見えてきました!」
バーナデットの声で我に返る。
……しまった! こんなときに余計なことを考えすぎだ、俺!
亡者の群れの隙間から<紅月城>の正門とその前に広がっている<勝利の広場>が見え隠れしている。
「くそっ! 道が広がるとやっぱり数も増えてくる!」
ヴァンシアの中でも最も道幅が広い正門前の三叉路を埋め尽くす『フリトトの呪い』。低い耳障りな呻き声が風に乗って途絶えることなく聞こえてくる。
後ろを向くと、バーナデットの不安そうな顔。その肩越しに見える通りはすでに灰色の亡者で埋め尽くされていた。
……退路はない。このまま大通りを突き進むべきか。それとも路地を抜けていく方が対処しやすいのか……。
『フリトトの呪い』でひしめき合う路地へ目を向ける。直線的に発射可能な魔導術で強引に路地を突破することを考えるが、なにか一つのトラブルで前後を挟まれて身動きが取れなくなったときが怖い。
一切の攻撃を受け付けないバーナデットの『
使うときは命の危険を感じた時であり、一五秒という制限時間の中で活路が見いだせるときに限られる。
……やはり路地はリスクが高い。両側の建物の窓や屋根から亡者共が落ちてこないとも限らない。
通りの中央を進む分には水平方向のみに注意していればよいが、窓や屋根の上まで気を配りながら進むのでは時間が掛かりすぎる。
「ラース!」
「わかってる! このまま<勝利の広場>まで進もう!」
ラースはノックバック効果の大きい風の魔導術『
「弓兵部隊! 撃ち方用意!」
「なに?」
ラースとバーナデットの耳に、確かに凛とした女性の勇ましい声が響いた。
「放てぇっ!」
さらに大きな声で号令が飛ぶ。
ラースたちの正面に対峙していた『フリトトの呪い』の一群が、弓の攻撃スキル『チャージショット』によって射抜かれながら周囲を巻き込んで吹き飛んでいく。
その攻撃のおかげで前方の視界が開けた。
「あれは……タチアナさん!」
通りの先に見え隠れしていた<勝利の広場>に、真紅の鎧で身を固めた一団が円陣を組んでいる。その中央に、カムナ騎士団副団長であるタチアナ・ストロギュースの勇姿があった。
「急いでラースさん! こいつらの増殖速度は時間を経るごとに速まってきています!」
ラースはバーナデットの手を取り、カムナ騎士団の弓兵部隊が拓いてくれた活路を走る。
「助かりました、タチアナさん」
「なに、亡者の群れの中で見慣れた白いフードが目についたので助けたまでです」
タチアナは微笑を湛えてラースとバーナデットを円陣の中へと招き入れた。
「陣形を崩すことなく攻撃を継続! 団から支給される矢と弾丸の使用は無制限での使用を許可します。一匹たりとも屍を近づけるな!」
「
「それにしても無事で何よりです」とタチアナが言った。「この異常事態のせいで慌ててログアウトする者と、怖いもの見たさで無謀にもログインしてくる者が入り乱れて街中が混乱の極みとなっています。なにがどうなっているのやら……」
……すみません。原因の半分くらいは俺たちにあるようです……。
という言葉をぐっと飲み込むラース。自分の知識だけでは説明しきれない部分が多すぎるし、長々とそれを説明している時間がない。
「もしかしたら事態を収拾できるかもしれません」とラースは結論だけを言うことにした。「その可能性を試すためにも、俺とバーナデットは
「なるほど。団長から聞いていた通りですね」
「え? あ、そうですね。たしかに団長には念話で話をしています。」
「まあ、もはやアナタがどんなトラブルに関与していたとしても驚きはしませんが……」とタチアナが困ったような顔をする。「解決に至る可能性を見出しているのであれば、それを邪魔する理由はありません。ラースさんのお仲間が<
「彼らを見かけたんですね」
「はい。我々はこの場で城への侵入を防ぐために防御陣形を組んでいるため、手助けできませんでしたが……」
「副長! 『フリトトの呪い』がさらに増加してきています!」
弓兵の一人が叫ぶ。
「弓兵は『炸裂の矢じり』、
的確に指示を飛ばすタチアナ。
……さすがだな。カムナ団長が全幅の信頼を置いているのも頷ける。
「お仲間と合流するつもりなら、一秒でも早く動いた方がいいでしょう。周囲の高台で観測している団員からも、亡者共は時間とともに指数関数的に増殖しているとの報告が上がってきています」
「そうさせていただきます」とラースは再び走り出すように身構える。「……ところで、団長は?」
「団長……ねえ」とタチアナはあからさまに溜め息を吐く。「あの人は、君たちを見送るそうですよ」
「はい? 見送り……ですか?」
「ホントに……困ったものです。戻ってきたらネチネチ虐めてあげようと思っていますから、どうか団長のことはお気になさらずに」
「は、はあ……」
訳が分からず思わずバーナデットと顔を見合わせる。
「とにかく、急いだほうがいいでしょう」
タチアナは自分の矢筒から二本の矢を抜き、器用な手付きで二本同時に矢をつがえる。
装着している矢じりが赤い。その表面には『火』を表す
炎属性の攻撃が付与できる『炎の矢じり』である。
「じつは、手向けというほどのものではありませんが、この先にちょっとした細工をしておきました。<
「は、はい。もとよりそのつもりですが……一体どうして……」
「正解はCMの後です」
「え?」
「なんちゃって」とタチアナは真面目な表情を変えることなく言った。「アーチャー・スキル『ダブル・トルネード』」
東側に伸びる大通りから迫りくる『フリトトの呪い』に向けて、スキルの発動エフェクトと同時に二本の矢が激しい勢いで射出された。
『ダブル・トルネード』のスキルによって、二本の矢は高速で回転しながら螺旋を描くように飛んでいく。周囲に疾風を発生させて、左右の亡者を風の牙で引き裂きつつ直進する。
さらに『炎のやじり』の効果が発揮され、風の牙で引き裂かれた敵に対して、その傷口が発火していき周囲の亡者へと飛び火していく。
最終的に射抜かれた中央の亡者は、その威力に一瞬で破裂し、燃えたままの身体の破片が周囲へ飛散してさらに亡者どもを道連れに焼き焦がしていく。
ざっと三〇体を撃破して、さらに五〇体を燃焼状態にしている。身体が燃えている間は継続的にダメージが与えられる。時間を置いてバタバタと『フリトトの呪い』が倒れていく。
「すごい……」とバーナデットが感嘆の声を漏らす。
「確かに。カムナ騎士団の副団長は伊達じゃない」とラースも同意する。
「いいですね。真っ直ぐですよ」
タチアナがメガネ位置を指先で調節しながら言った。
「わかりました! 恩に着ます。行こうバーナデット!」
ラースが先行して円陣から飛び出していく。その後についでバーナデットが出ていく。ラースの後について駆け出そうとするが、何かを思い出したようにタチアナへ向き直り、丁寧に深々と一礼してから踵を返して駆け出していった。
「まったく……可愛いお嬢さんではないですか」とタチアナは笑みをこぼす。
すでに大量の亡者によって二人の姿は確認することができない。援護しようにも二人に誤射する危険があるため大技は使えない。そして、大技以外で『フリトトの呪い』に攻撃するのは焼け石に水である。まったく意味を成さない。
……それに、私には他に優先すべきことがある。
団長が自分勝手に動き回っているせいで手薄となってしまっている<紅月城>正門の守備と、この街のシンボルともいえる目抜き通りである<
「遠距離攻撃で稼いだスペースへ重騎士隊は前進。陣形を維持しつつ領土を広げるのだ! この街が誰のもので、
タチアナの叫びに、団員たちがさらなる大声で応えて円陣が広がる。後ろに控えていた団員が広がって空いたスペースを埋めるように並んでいく。
しっかりと連携がとれているフォーメーションに納得して、タチアナは再び矢筒から矢を取り出すと弦につがえた。
……団長が一目置いているほどの人物ならば、こんなところで
「……ふふっ」
タチアナは亡者の中心へ目標を定めてから、思わず笑いが出てしまった。
はたして、あの偏屈な大魔導術士はこの国を離れて、次にどこでどんな騒動を起こしてくれるのか……楽しみだと言ったら不謹慎なのでしょうね。
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