050 フレイム・ブリンガー44(フォーティ・フォー)

■時間経過

■ヴァシラ帝国 フィールド

■王都ヴァンシアへ至る山道


 <見晴らしの丘>から小走りで、なだらかな山道を駆け下りていくラースとバーナデット。


「ラース!」とバーナデットが前方を指差す。


 山道の左に生い茂る木々の間から、よろめくようにして人型のモンスターが出現する。

 歩を止めてモンスターに対峙するふたり。


「こいつか……」

 ラースがモンスターの表示を確認する。所々ノイズが走る不安定なポップアップ・ウィンドウには『フリトトの呪い』としっかり表記されていた。


 モンスターそのものよりも、ラースは安定しないモンスターの表示枠の方が気になった。

 ……なんだ、このノイズの多さは。

 ラースはバーナデットへ視線を移す。しばらくすると視界に浮上する彼女のプロフィール・ウィンドウを確認するが、異常はない。不安定にぶれていたり、ノイズが走ったりすることもなかった。


 ……システムの変調ではない。ということは、このモンスターそのものが不自然なんだ。


 よく観察してみれば、動きそのものは『リビングデッド』のようにぎこちないが、グラフィックは死体ではない。

 それはアストラリアンを劣化コピーさせたような異形な人型であった。


 肌の色も服の色も黒に近い灰色。眼球に瞳孔はなく、白目がせわしなく動いているのは、描かれている毛細血管の動きによって把握できた。着ている服も奇妙にねじ曲がっていたり、左右のバランスが崩れていたりと、デザインされた形というより情報が少なくて曖昧な処理を施して誤魔化しているような印象を受ける。


 ……なににせよ、まともなモンスターではない。


 茂みから出現したのは三体。

 ラースは『解析アナリシス』の魔導術を発動させる。

 しかし『フリトトの呪い』という名称以外の情報は開示させることができなかった。


「距離をとれ」とラースはバーナデットの前に出る。「幸い相手の動きはのろい。それに人型だけど知性は感じられない。冷静に対処すれば勝てない相手ではなさそうだ」


『フリトトの呪い』がこちらに気づいて足を引きずるようにして、ゆっくりと迫ってくる。


 ラースは『並列遅延詠唱』のスキルを発動させ、五つある詠唱枠すべてに『火球ファイロクス』をセットする。


『異端定理の魔杖』を装備して『短縮詠唱』アビリティを強化。これで初級魔導術である『火球』であれば無詠唱で発動させることができる。


火球ファイロクス!」

 遅延速度デュレーションはゼロ秒。五つすべての『火球』を同時に発動させた。


 先頭を歩く『フリトトの呪い』に火の玉が全弾命中した。大きくノックバックして後ろに下がる。


 ……思っていたよりもヒットポイントは高いのか。


 モンスターの名称の下、目安として表示されているアンダーラインのように細い体力ゲージを確認するが、ほとんど減っていない。


 ヒットポイントの詳しい数値は表示されないが、どの攻撃でどれくらい減るかを知ることでおおよその数値を予想することができる。


 ……ならば、これならどうだ。


 地獄の闇を這う焔

 憤怒に歪みし灼熱の魂よ

 荒ぶる渦となりて顕現せよ

 我が敵は汝の敵なり

 逆巻き

 絡みとれ

 灰にせよ

 螺旋炎ファイロスフィア


 三体の『フリトトの呪い』を同時にロックオンして発動する『螺旋炎ファイロスフィア

 地中から渦巻く炎が柱のように敵を包囲して焼き尽くす。


『フリトトの呪い』それぞれが炎の渦に巻かれ、動きをとめる。


 魔導術そのものや炎属性攻撃に耐性のあるモンスターであれば、術の途中で回避行動をして抜け出してくるものもいるが、どうやら『フリトトの呪い』はそのどちらもなさそうだった。


 ……『螺旋炎ファイロスフィア』の発動時間は五秒。回避しない敵ならば、相当のライフを削れるはずだが……。


 ラースは動かない『フリトトの呪い』を注意深く観察する。心の中で焦らず落ち着いて五秒間をカウントする。


 ……だめだ。まったくヒットポイントが減っていない。


 ダメージ表記は出ている。連続で炎属性攻撃を浴びているので200から300あたりまでのダメージを立て続けに受けている。凄まじい勢いでダメージ数が表示されては消えていく。


 ……平均して一秒で1000ダメージは受けているはずだ。それでもゲージが目減りしている様子がないということは……。


『フリトトの呪い』のヒットポイントは最低でも10万、下手をすれば倍の20万以上はあるだろう、ということだ。


「なんなんだこいつら……ヒットポイントだけなら下位のレイドボスくらいはあるぞ」


螺旋炎ファイロスフィア』の発動が終わる。『フリトトの呪い』はまるで何事もなかったかのように、足を引きずりながら前進を再開する。


「術が効かないのですか?」とバーナデットが訊く。


「いや。ダメージはしっかりと出ている。だけどこいつらのヒットポイントがとんでもなく高いんだ。この程度のダメージではゲージが目減りしているように見えないくらいね」


「……こんなモンスターがヴァンシアで大量発生しているのですか」

 バーナデットは声を震わせる。


「こんなところで時間を溶かすのが惜しい。すり抜けるぞ」

 ラースが次の魔導術を詠唱する。


 災厄の王を捕らえし

 残虐なる冥王の守護者よ

 汝が作りし永劫の牢獄より放て

 鋼鉄の薔薇の鎖を持って

 不遜なる者共への戒めとなれ

 鉄鋼薔薇縛鎖アットリーシダン


 無数の黒光りする鋼鉄の鎖が地中から伸びてきて三体の『フリトトの呪い』へと絡みつく。

 両手両足を黒薔薇の鎖が縛り上げ、きりきりとその四肢を締め上げる。


「行こう!」


 ラースがバーナデットの手を握り、駆け出す。

 身動きが取れない『フリトトの呪い』の脇をすり抜け、そのまま一気に山道を走り抜ける。


 まともに相手をしていられない。こんなモンスターが街中で溢れ出したのなら、それはとてつもない混乱を引き起こしているはずだ。

 上級者ならまだしも、経験値の低いプレイヤーでは、まったく歯がたたないだろう。


 ……せめて、こいつらの情報が少しでも得られれば……。

 はたして『フリトトの呪い』にどれだけの攻撃力があるのか? 追加効果は付随しているのか? こればかりは喰らってみないことには分からない。


 だが、調査のために攻撃を受けるというのはリスクが高すぎる。どうみても通常のモンスターとして登場しているようには思えないからだ。


 何が起こるかわからない。現状では無理に倒さず、逃げられるだけ逃げる方が得策だろう。


 坂道が終わり、平坦な街道へと合流する。帝都ヴァンシアはもう目と鼻の先である。


 ゲームの中とはいえ、『アストラ・ブリンガー』ではいつまでも走り続けることはできない。しっかりとアクションゲージは消費され、ゼロになればしばらく歩くこと以外にできることがなくなってしまう。


 ラースは視界の隅に表示されているアクションゲージを確認して、少しペースを落とす。

 本当に息が苦しくなるわけではないが、『錯覚』として息が上がり、肩を激しく上下させて酸素を取り込もうともする。


 念話の呼び出し音が脳内に鳴り響く。


「やばい」とラースが立ち止まる。

「どうしたのですか?」

「団長から念話がきた」

「そうですか」とバーナデットは不思議そうにラースを見つめる。「それのどこが、やばいのですか?」

「なんか、怒られそうな気がする」


 ラースは一度大きく深呼吸して、意を決したように念話をオンにする。

「どうも団長。いったいどう――」


「この騒ぎはどうなってるんだあぁぁん? ラァァスっ!」


「ひぃぃっ!」

 ラースの応答を一刀両断に斬り伏せ、問答無用で質問するカムナ。


「ど、どう、と言われても……俺にも何がなんだかわからない状況です」

「お前やバーナデットと関係がないってことか?」


「わかりません。そもそも『紛争状態コンフリクト・モード』でもないのに、街中でモンスターが暴れているなんて状況、俺らだけでどうにかできることじゃないですよ」


「誰も意図的に仕組んだとは思ってねえよ」とカムナが続ける。「訊きたいのは、この状況になるような伏線フラグなり引き金トリガーなりの心当たりはないのかってことだ」


「……伏線フラグ引き金トリガーですか」

 ラースは今日の行動を振り返ってみる。だが、特にこれといったアクションは起こしていない。<かささぎ亭>で男三人だけで会話をし、<見晴らしの丘>でバーナデットと会話をしただけだ。


 コントロールできるようになってからは『フリトト』の力は一度も解放していない。


「これは騎士団員以外には伏せていたことなんだがな――」

 ラースに心当たりが無さそうだということを、長い沈黙から察したカムナが話し始める。

「実は二日前から……いや、本当はもっと前からかもしれないが、気付いたのが二日前からってことだが……。街中の目立たない路地裏にな、アストラリアンが分解されたような状態で放置されているのを発見した」


「アストラリアンが分解?」

 思わずバーナデットを見る。彼女も、その不穏な単語の響きに思わずラースへ身を寄せる。


「――でだ、その現場は立入禁止にして、治安維持の巡回ルートに組み込んでおいたわけだが……その分解されていたパーツが『フリトトの呪い』へと変化していくのをうちの団員が確認している」


「ちょっと待ってください。よく分からないです」とラースが戸惑いの声を上げる。「街中にアストラリアンのパーツが散らばっていて、それが『フリトトの呪い』になった? どういうことです?」


「俺に聞くなよ」とカムナがため息混じりに言う。「俺だって団員からの報告をそのまま話しているだけで、現場を目撃したわけじゃねえんだ」


「……そうですか」


「目撃した奴が言うには、パーツが足だろうと腕だろうと関係なく、そこから身体全体を生成しはじめて、あのゾンビみたいな気味の悪い灰色の人型になったそうだ」


「それって、誰がなんの目的でやったことなんでしょうか」


「それを知りたくて関係ありそうなお前に連絡してみたんだよ」とカムナが言う。「だが、その様子じゃまったく意味が分からねえって感じだな」


「ええ。そもそも、そのアストラリアンが分解されているという事態が異常ですよね」


「ああ。それについては、気がかりなこともあるが……まあ、いま言ってもはじまらねえことだから、そいつは後回しでいい。お前はこれからどうするつもりだ?」


「じつは……これから仲間と落ち合ってデランドへ向かおうと思っています」


「デランド王国か」


「ええ。なんだか向こうでも似たようなトラブルが起きているようなんです」


「そいつもまた、奇妙な話だな」


「もともと、一度ヴァシラ帝国から離れることは考えていたんです。情報収集も兼ねて、もう少し人の流れが多い国へ行こうと」


「なるほどな」とカムナが言った。「ってことは、港湾地区で飛空艇か?」


「はい。その予定です」


「わかった。お前はお前の進むべき道を行け」

 そう言うと、カムナは一方的に念話を切ってしまった。


「あれ? 団長? もしもし?」


「どうしたのですか?」


「唐突に切られた」とラースは肩をすくめる。「行ってらっしゃいとか、またな、とか言ってくれてもいいのに」


「たぶん街のほうがそれどころではないのでしょう」


 それもそうか。街中には異常にヒットポイントの高いゾンビもどきが大量発生しているんだ。

 今日ログインしている騎士団員を総動員して対処しているところだろう。


「よし。俺たちも急ごう」


「はい」


 陽がだいぶ傾きはじめている。

 基本的にモンスターは朝より夜の方が強さを増すものが多い。エリアとモンスターの種類にもよるが、闇属性のモンスターの中には夜になるとすべての能力値が二倍に跳ね上がる種類もいる。


『フリトトの呪い』が時間によってどれだけ変化するかわからないが、能力が未知数であればなおさら、陽が沈む前にはこの騒ぎから抜け出したほうがいい。


 何もやることがないなら、さっさとログアウトして、ほとぼりが冷めるまで静観するのも一つの策だが、バーナデットがいる以上、その選択肢はない。


 ……バーナデットだけを置いて帰れる状態ではない。


 せめて彼女の安全を確保するまではログアウトできない。


 ヴァンシアの城壁が見えてきた。同時に悲鳴や怒号、剣戟や銃声が聞こえはじめる。


「なんてこった……本当に街中でモンスターが溢れかえってる」


 城門をくぐり抜けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 街中を灰色のゾンビ『フリトトの呪い』が群れをなしてプレイヤーやアストラリアンを無差別に襲っている。


 その数は目の前の<西の大通りマウンテン・ブルバード>だけでも優に一〇〇体を超えている。


「ラース……」

 バーナデットが震える指でラースの服の裾をつまむ。


 ラースはその指先を優しく包み込むように握る。


「突っ切るよバーナデット。絶対に俺から離れないで」


「は、はい」

 バーナデットが力強く握り返す。


 二人は混乱の只中にある<西の大通りマウンテン・ブルバード>へと飛び込んでいった。



■同時刻

■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア

■カムナ騎士団本部


「団長。先発した部隊から連絡がありました。予定通りの場所に配置完了。これより『フリトトの呪い』迎撃と非武装プレイヤーの保護を開始するとのことです」


「了解だ」


 タチアナの報告を聞いたカムナは、自身の装備を入念にチェックする。

 先導騎士ヴァンガードタイプであるカムナのフル装備は、それだけで周囲を威圧できるほどの重厚さがあった。


 寡黙に、神経を研ぎ澄ますように、留具のひとつひとつを丁寧に点検していく。


 カムナ騎士団のシンボルカラーである真紅の鎧。手足を覆う、同じ装飾の防具に、バイザーが開閉できる兜を被る。


 執務室に控えているタチアナ他、数名の幹部騎士たちを見回してから、カムナは全員に聞こえるように言った。

「さて、それじゃあ俺ら本陣も動き出すとするか!」


 全員が賛成の怒号を上げる。


「本部前に団員を集合させろ! それと武器庫から俺の魔剣『フレイム・ブリンガー44フォーティ・フォー』を持ってこい!」


 若い騎士がひとり、駆け足で執務室を出ていく。


 弓騎士ヘヴィ・アーチャーであるタチアナは自分の背丈ほどもある大型の弓を持ち、カムナの後に続く。


「タチアナ」とカムナが歩きながら言う。「いまログインしている団員の総数はどうなってる?」


「すでにログインしていた者が二五名。うち、先遣隊として先行させたのが一五名です。現実リアルで呼び掛けを行い、応じた者が二八名。幹部クラスを合わせて四三名です」


「……少ねえな」


「ヴァンシア全域をカバーさせるとなると、無理でしょうね」


「まずは大通りを回復させることを優先させるべきだな」とカムナが言う。「そういや三銃士はどうした?」


「お忘れですか?」とタチアナが困ったように首を振る。「団長の命により一週間前から<魔界>へ探査に出したでしょう? まだ戻ってきていませんよ」


「ああ、そうだった。なんだって一番必要なときにいねえんだよ。ツイてねえな……」

 カムナが額を手で覆う。


「仕方ありませんね。こんな状況になることを予測することなんて不可能でしたからね」


「団長! お持ちしました!」

 団員が豪華な装飾をあしらった大剣を大事そうに両手で抱えて走ってくる。


「ありがとよ」とカムナは片手で受け取り、そのまま背中の兵装支持具ハードポイントに取り付ける。


 本部のエントランスを抜けると、外には四〇名近い団員が整列していた。


「総員傾注!」

 タチアナが後ろに手を組んで声を貼ると、すべての団員が同じ姿勢を取る。


 カムナは整列している団員をゆっくりを見回した。

「まずは、急な召集にも関わらずログインしてくれた団員たちに礼を言おう。そして、すでに激しい戦闘の音や悲鳴が聞こえているのは理解しているだろう。愚かにも、アストラリア最強を謳う我が騎士団の管轄内で騒ぎを起こしているモンスターがいる! 騎士諸君! はたして、これは許される行為であろうか!」


 断じて否ノー・サー

 全員が口を揃えて叫ぶ。


「いいか! 敵のヒットポイントは下級のレイドボス並に高い。そんな奴らが通りを埋め尽くすほど溢れかえっている。だが、気にする奴が、このカムナ騎士団にいるだろうか!」


 断じて否ノー・サー


 カムナが魔剣『フレイム・ブリンガー44』を抜き放つ。

 染みひとつない白銀の刃に、絡みつくような妖艶の炎が揺らめいている。


「武器を取れ! 愚かな侵略者共に裁きの鉄槌をくだせ! カムナ騎士団がなぜ最強なのか! 我らの恐ろしさを奴らの魂にまで刻み込め! 」


 空気を震わすほどの雄叫びが上がる。


 カムナは振り上げていた魔剣を水平に構え、正面の通りへ向ける。こちらに押し寄せてくる灰色の亡者へ向けて不敵に口元を歪める。

「出陣!」

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