047 女子会
■同時刻
■ヴァシラ帝国
■狂女王の試練場 広場
「いやぁ~ホントに助かりました。ありがとうございます!」
見るからに初心者の集まりといったパーティ。前衛職は質素な武具で、後衛職はほぼデフォルト装備のまま。しかし、そんな彼らが満面の笑みを浮かべてバーナデットへ礼を述べていた。
「こちらこそ。また機会がありましたらよろしくお願いします」
少し照れながらも、バーナデットは丁寧にお辞儀をして応える。
「あれだけ回復と支援に徹してもらえると、前衛としては気兼ねなく動けてホントに気持ちよかったよ! これぞゲームの爽快感って感じ!」
リーダー格の女戦士が楽しそうに言うと、仲間も嬉しそうに相槌を打つ。
「そうそう。女神神官って装備とアビリティの組み合わせによっては、意外と攻撃力上げられるじゃん? こないだ一緒にプレイした人なんてメイス装備して前衛までしゃしゃり出てたもんね」
一緒に後衛で戦った魔導術師の男の子が言う。
「あー、あれは最悪だった。その女神神官に回復投げてるせいでまったく経験値稼げなかったもんな」
「回復とサポートが性に合っているんです。趣味と言ってもいいかもしれません」
バーナデットが真面目に言うと、全員が笑い出した。
「私、なにか変なこと言いました?」
「いやいや、ごめんなさい。なんか、噂通りに良い人すぎて、つい笑いが……。気を悪くしないでね」
「別に気にしていませんよ」とバーナデットも微笑む。
「あのさあ、ひとつお願いがあるんだけど」と
「え? あ、はい。それは別に構いませんが……その呼び名はちょっと……照れます」
「いやいや、精が出ますなぁ」
そんなバーナデットのやりとりを少し距離をおいて眺めていたミアは嬉しそうに呟く。
「初心者相手ならアドバイスできるほどに成長しているとはねえ、お母さん嬉しくて泣いちゃいそうだよぉ」
「いつの間に母親になったんだ
トラコは呆れ半分、心配半分に腕を組んでため息をつく。
「ミア! それにトラコさんも!」
初心者パーティと別れたバーナデットが、こちらに気づいて小走りに駆け寄ってくる。
「バーナデットっ!」とミアが腰に手を当てて子供を叱るように言う。
「は、はいっ?」
「あのね、いくら――」と、そこまで言ってミアは周囲を気にして声のボリュームを下げる。「いくらアストラリアンだからって、疲れを知らないわけじゃないんでしょ? 少しは休みなさいっ」
「レベルから推察するに、ほとんどの時間ダンジョンにいるのではないか? いくらなんでもやりすぎだ」とトラコも言う。「一期一会の相手を選んでいるのだろうが、それでもこの広場でずっと姿を見かけていたら、不審に思う者だって出てくるだろう」
「そうです……ね」とバーナデットが伏せ目がちに言う。
「なにか狙っているドロップアイテムとかがあるの?」
「いえ、そういうわけではないんです……」
……どうにも歯切れが悪いわね。
ミアはトラコに視線を送る。トラコも「わからない」と言うように手を広げて首を振ってみせた。
「怖いんです……今のままだと……」
バーナデットはそう言って『白樺の聖なるロッド』を両手で強く握りしめる。
「怖いって……なにが――」
ミアが言いかけたときに、バーナデットの背後から別の声が割って入った。
振り向くと、そこには五人編成の冒険者たちがいた。互いに顔を見合わせ、照れたようにリーダー格の女騎士に話をするよう促している。
「あのぉ……人違いだったらごめんなさいなんですが、ひょっとして『癒やしの天使』さんですか?」
「はい? えー、そのぅ……」
バーナデットがミアとトラコを交互に見やる。
「実はですねえ」とバーナデットの狼狽を無視して声をかけてきた女騎士が続ける。「私たちのパーティ、
女騎士は振り向いて仲間に同意を求める。全員が激しく頷いて、熱い視線をバーナデットへ送っていた。
「あれま凄い人気……」とミアが目を丸くする。
「あの、私でよければ構いませんけど――」
そう言って歩み出ようとするバーナデットの肩を掴んで止めたのはトラコであった。
「トラコさん?」
「すまないな」とトラコは冒険者たちを見回して言う。「悪いが、こちらが先約なんだ」
「ええっ? そうなんですか?」とバーナデットが驚いてトラコへ顔を向ける。
「そうなんです。これから女子会を開きまーす」とミアが満面の笑みを浮かべる。
「女子会?」とバーナデットは意味が飲み込めず首を傾げる。「なにをするんです? あ、ていうかすみません。お声をかけていただいたのにご同行できなくて」
バーナデットがそう言って冒険者一向に礼儀正しく頭を下げる。
「あ、いやいや。なんだかお取り込みのようなんで……また次の機会に……」
「ああ。ぜひ次の機会に誘ってやってくれ。なにしろ、これから我々は女子会なのだからな!」
……ぜったい人生で言ってみたいセリフの一つだったんだろうな。
ミアはトラコを見つめながらそう思った。
「女子会」という言葉の圧が凄かったからだ。
■時間経過
■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア
■
「団長! こっちにもありましたぁっ!」
きらびやかな高級店が立ち並ぶ<
建造物同士の隙間のような路地から顔を出して叫んだのは真紅の鎧を着た騎士――カムナ騎士団の団員である。
「マジかよ。これで一〇ヶ所目だぜ……。いったい何がどうなっていやがる」
ストリートの中央で団員たちからの報告を聞いていたカムナは、頭を振りながら自分を呼んだ騎士の方へと大股で歩いていく。
一昨日の夜。男の悲鳴を聞きつけて路地へと入ったときに見つけたアストラリアンのバラバラ死体。いかにも怪しげな
なぜか執拗に顔を隠しながら逃げたのも怪しいのだが、、それよりも不気味な状態のまま捨て置かれているアストラリアンのパーツが気になり、先にそちらを調べてみることにした。
だが、物言わぬパーツと化したアストラリアン相手では、できることは限られていた。
パーツは外的な力によって無理やり切断されている。それくらいのことは断面を見ればわかる。刃物か、あるいはそれに類似した魔導術か、とにかく不均一な切断面は、それが第三者による攻撃であることを物語っている。
……おそらく、あの
悲鳴を上げていた男も確かに「痛い」と叫んでいた。それこそが気になるところだが、今となっては探しようもない。あるいは、恐れをなしてもう二度とログインしてこないかもしれない。
さらに細かく調べてみると、すでに切断されたパーツは、個々のエラー・オブジェクトと化してしまっているようで、プロフィール・ウィンドウにはエラーコードである505が表示されるだけであった。
未検出。識別できない……ということか。
五体満足のときには、与えられている名前や役職、働いている店の情報などが表示されるのだが、分解された時点で認識されなくなってしまうようだ。
翌日、タチアナを連れて再び現場へ赴いて調査してみたが、さすがの敏腕副団長でも、その現状をどう解釈するべきなのか判断がつかなかった。
理由は分からない。だが、分からないからこそ不気味なのだ。
現場へ通じる路地は封鎖して、しばらく立入禁止にする。
その帰り道に「もしかしたら他にも被害者はいるかもしれない」とタチアナが言った。
とりあえず被害のあった<
カムナはすぐにヴァンシア全体を捜索するよう騎士団に手配した。
結果、これまで誰も興味を示さなかった目立たない路地の奥など数か所に、同じようにアストラリアンの解体されたパーツが乱雑に捨てられているのを発見することになった。
目抜き通りである<凱旋大通り>に三ヶ所。
東の大通り<リゾン湖大通り>と西の大通りである<山脈大通り>にそれぞれ三ヶ所。
そしてたった今、新しく調査をはじめた<貴賓通り>で早速一体目のバラバラ死体が発見された。
……このペースでいくと、迷路のような<職人通り>じゃあ倍以上の数がやられていそうだな。
騎士に促されて路地へと入っていくカムナ。
路地が右に折れ曲がり、建築物が連なって出来上がった袋小路へと突き当たる。
そこに、一〇体目の分解されたアストラリアンが転がっていた。
「団長の指示通りに検分したところ、やはり切断面は鋭利な刃物のようなもので切断された痕がありました」
「そうか……」
すでにパーツを手にとって念入りに調べる必要もない。明らかに同一犯によるもの。
「まだ被害を受けていないエリアはあるのでしょうか?」
「どうだろうな」とカムナは踵を返して歩き出す。「そもそも、なんだってアチコチにこんなものを放置してんのかも謎だしな……」
「元老院には報告されてるんですよね? なにか情報とか入ってないのでしょうか」
「どうだかな……」
元老院議長であるマルクトにはもちろん一報を入れている。だが「こちらでも独自に調査をする」という言葉だけで、それ以降なんの連絡もない。
……あのニヤケ面……。やる気があるのかないのかわかったもんじゃねえ。
路地を抜けて、通りに集まっていた他の団員と合流する。
と、同時にタチアナから
「どうだ?」
応答すると同時にカムナが手短に問う。
「ビンゴです」と、それに怯まずタチアナも即答する。「ヴァンシアにある四つの大通り及び、隣接する商業エリアに通じる各ストリート。そのすべてで分解されたアストラリアンが発見されました」
「そうか」とカムナが重々しく言う。「まさかと思ったが、本当にヴァンシア全域に分散していたか」
「悪い予想というものは、たいてい当たってしまうものです」とタチアナが言う。
「分布状況から、なにか気づけることはあるか?」
「いいえ。見当もつきません」とタチアナは続ける。「パーツとなってしまったアストラリアンの身元だけでも解読できれば、それを糸口に捜査ができそうなんですが……」
「身元ねえ……」
カムナはパーツを手に取って、角度を変えて眺めている。しかし、どれだけ調べても『
「アストラリアンが迷子の子供や行方不明のキャラクターについて捜索願いを出すわけねえしなあ……」
カムナは後頭部をさすりながら、困ったように呟く。
「確認のため神官職の者に最大回復法術を使用してもらい、蘇生を試みましたが、まったく反応ありませんでした。認識されないオブジェクトには、どんな作用を加えてみても無駄のようです」
「そうだろうな」
自分よりも機転の利く副団長が、あれこれと手を尽くしているのに何も分からないのだ。そんな難問が自分に分かるわけがない。
カムナは心の中でそう思ったが、そのまま口に出すと「職務怠慢です」とタチアナに叱られることは確実なので黙っておいた。
「最初に決めておいたとおり、発見場所へ至る通路は封鎖。巡回ルートに組み込んで見回りを強化する。当面は一般のプレイヤーへの通達はしない。元老院からの公式発表が出るまでは余計に事を荒立てないよう、もう一度小隊長レベルまで徹底させておけ」
タチアナと、自分の周囲にいる騎士たちに向けて同時に発する。
「了解しました」とタチアナの声が響く。「それと……団長」
「どうした?」
「ラースさんたちの件はどうしますか?」
「ああ……そうだな」とカムナは声を潜めて、無意識に他の団員に背を向ける。「マルクトに直接問い質せる良い機会だったんだが……完全にタイミングを逃したな」
昨日、カムナ宛にラースからメールが届いた。
そこにはフィールド上で『青騎士』に襲われたこと、そしてそれを撃退することに成功した事の顛末が記されていた。
『フリトトの祝福』という、嘘か真かわからないような特殊技能を身に着けたことも驚きだが、『青騎士』が装備品としてプレイヤーに与えられていたことの方が、衝撃としては大きい。
『
そこにどんな公平性があるというのか? 事の真相をマルクトに追求しようとした矢先のことであった。
「とりあえず、この奇妙な事件が無事に解決してから仕切り直しだな。いま強引に詰め寄っても、忙しい、の一言で逃げられちまうだろう。そっちはまあ、焦らずいくべきだな」
「……ですね。諸々、承知いたしました」
「苦労かけるな」とカムナが自嘲気味に笑う。「団員たちにも要請が多くなっちまうし」
「それを承知で入団している者たちであると信じています」とタチアナが誇らしげに言う。「この窮地に参加せずして『カムナ騎士団』に所属している意味などないでしょう。皆、緊張感のある良い動きをしてくれています」
「そうか……ありがたいこった」
本物の騎士団ではなく、あくまでゲームプレイヤーの集まりである以上、強制できることはなにもない。自主的に見回りをするにしても、その責任者を決めるのも、有志によるか、こちらから適任者にお願いするのが常である。
それでも自ら入団を希望してきた者たちは自分からその責務を買って出る者がいる。
それぞれが、それぞれの立場で
それがゲームだし、嫌ならやらなければいいだけのこと。
感謝する必要はないのかもしれないが、やはり集まってくれた皆には感謝しかない。
「……何事もなければ良いのですが」
タチアナの声が少し沈んでいる。
「問題ねえさ。こっちにはなんでもできる万能副団長様がついているんだからな」
「他力本願もほどほどにしてください」
「へいへい」
「それではもう少し捜索を続けます」
「ああ。こっちも、もうひと回りしてみるわ」
タチアナからの念話が切れる。
「このまま通りの端までいくぞ。怪しい路地は片っ端から見ていく」
騎士たちが「了解」と声を揃える。
カムナを先頭に騎士団一行は歩きはじめる。
東の海側から生暖かい風が吹き、カムナの横面を撫でていった。
「……いい風向きじゃなさそうだな」
誰に言うでもなく、ぼそりとカムナは呟いた。
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