045 元カレ

■同時刻

■デランド王国・王都デネーベ

市場通りメルカート・ストラーダ


 王都デネーベにおける有数の繁華街である<市場通りメルカート・ストラーダ>は、昼夜を問わず冒険者プレイヤーで溢れかえっている。

 他国よりもあらゆる制限が緩和されていて、その管理運営もプレイヤー達に委ねられている部分が多い。

 そのぶんトラブルも多く、怪しい店なども路地の片隅に多々見かけるが、それも含めてデランド王国の特色としてプレイヤー達に認知され、許容され、そして愛されていた。


「まーったくもぉぉ~っ!」

 長く、青みがかった黒髪。その前髪の部分を撫でるように掻き上げながら、純白の重甲冑をまとった女性が不機嫌そうに文句を言う。

 端正な顔つきと細い首。重甲冑に隠れている首から下の肢体も、想像するにそうとう細いプロポーションであろう。現実の世界であれば間違いなく重装備の鎧など身につけられるはずのない体つきである。


 しかし、ゲームの中の彼女は苦もなく自分のアバターより確実に二周りは大きい鎧を難なく着込んで歩いていた。


 その重そうな純白の甲冑は夜の通りで瞬くいかがわしい看板の派手な照明などを浄化するかのように白く照り返していた。接合部や襟首の部分は金色で装飾が施されていて、その淡麗な顔つきと相まって華麗かつ荘厳な印象を見る者に与えていた。


「せっかく昔の彼氏から連絡があってウキウキ気分だったのにぃ~」

 そう言うと、まるで子供のように頬を膨らませ、口唇を尖らせた。


「えっ⁉ 元カレですか? すごい! ナオミさんと付き合えるなんて、どんなタイプの方なんですかあ?」


 ナオミと呼ばれた重甲冑の女性の後ろに付き従っていた小柄な少女が興味津々で訊く。

 ナオミのような重装備ではなく、少女は純白の法衣をまとっていた。金縁の装飾などはナオミの鎧と共通しており、同じギルドに所属する者同士で揃えている装備であることが伺える。

 透けるような薄桃色の髪はショートカット。知力が上昇する『花飾りのヘアバンド』を装備している。大きめの瞳は、好奇心に満ちた眼差しでナオミを見つめていた。


「え? ……あ、いや、ま、まあ……正式にはぁ、そのぉ、付き合っていたか……と言われれば、そういう間柄でもなかったかなぁ~……」

 ナオミは照れたように後頭部を擦りながら少女に答える。


「それ、結局は片思いっしょ? なあんで俺らにイチイチ見栄張るんスかねえ~」

 少女の少し後ろに控えていた長身の男が、とくに興味もなさそうに周囲の露天を眺めながら言った。

 純白の衣装と金縁の装飾は同じだが、この男の装備は白く塗装されたレザーアーマーのみだった。長めの茶髪はクセっ毛なのか、所々で波打っている。無気力なようで抜け目のない目元は、普通にしていても人相が悪く見えるという珍しい造形である。

 腰に巻いている拳銃と、背中に背負っている散弾銃のような代物は彼が銃砲士ガンスリンガーであることを示唆していた。


「こらっ! シロっ! 団長に向かってなんて口の聞き方ですか」と少女が咎める。


「シロって……犬じゃねえんですから、ちゃんとシロフォードって呼んでくださいよ。フラニー(ちびっこ)副団長さま」

「あ! 君! いま心の中で『ちびっこ』と付け足しながら言いましたね! ちゃんとわかるんですよ」

「すげえっスね。どうして解るんスか?」

「きぃぃっ! やっぱり思っていたんですねえっ!」

 フラニーと呼ばれた少女が両手を振り回して銃砲士ガンスリンガーの男――シロフォードへ体当たりをする。だが、シロフォードはその長い腕を伸ばしてフラニーの頭部を抑え、難なくその突進を防ぐ。


「いやあ、なんかスミマセンねえ……」

 ナオミたち一行を先導するように数歩先を歩いている男が二人の騒ぎに気付いて振り向くと、申し訳無さそうに頭を下げる。

 戦闘用の装備は一切身につけておらず、服装は上着に革製のベストのみ。武器はなにも所持していない。商人系の楽しみ方をしているプレイヤーに多い格好だ。

「どうにも気味の悪いもん見つけちゃったもんで、お声を掛けさせていただいたのですが……大丈夫ですか? 元カレさんの返事とか急いだ方が……」


「ああ、いいのいいの気にしないでください」とナオミは苦笑する。「元カレっていうのは半分冗談ですから……アハハハ」


「半分本気ってのが、逆に怖えッス」


「シロ!」


「まあまあ」とナオミがシロを宥めてから商人風のプレイヤーに顔を向ける。「我らが『白銀自警団アルジェン・ビジランツァー』はデネーベの治安維持のために結成したギルドだからね。お困り事があるなら遠慮なく言ってください。じゃないと、結成している意味がないですから」


「は、はい。そう言っていただけると助かります」

 商人風のプレイヤーはそう言うと、何度も頭を下げて「こちらです」と案内を再開する。


「で、その奇妙なものがあるっつー現場はまだ遠いんスかねえ?」

 シロフォードがナオミの後頭部越しに案内人へ訊ねる。


「あとちょっとです」と男は頭を下げるように振り向く。「<船上の黒猫亭>の近くですから……」


「ふーん」とシロフォードが興味なさそうに言う。「けっこう遠いねえ」


「文句を言うんじゃありませんよ」とフラニーが嗜めるように言う。「こういうときのための自警団なんですからね」


「……へいへい」


「偶然とはいえ『白銀自警団アルジェン・ビジランツァ―』の団長さんに出会えるとは幸運でした」と男は安堵の表情を浮かべる。「王都デネーベにおいて、一、二を争う大規模ギルドの長にして、治安維持にまで貢献している美人ギルマスと名高いナオミ・フロックハートさんに会えるだけでもラッキーだというのに、こうして手助けまでしていただけるなんて」


「あらやだ」とナオミは満更でもない感じで照れてみせる。「さすがは商人系の方ですね。お世辞がお上手ですこと」


「お世辞なんかじゃありません。ナオミ団長はいつも素敵です」とフラニーは飛び付かんばかりにナオミを尊敬の眼差しで見上げる。


「……はないッスね」とシロフォードが胡散臭そうに言う。


「こりゃあ! このシロちんがぁ! 団長が綺麗じゃないとでも言うつもりなら、この副団長であるフラニー・クラッセが決闘を申請してでも、その曲がりくねった根性を叩き折ってあげるですよ!」


「え? ……ああ、いやいや」と上の空だったシロフォードが苦笑する。「じゃないッスよ。それに、叩き折る前にせめて叩き直すことにチャレンジしてくださいッス。チビっ子(フラニー)副団長どの」


「ムキィーっ! 心の声と現実の声が逆になってるですよ!」


「おっと、失礼。てか、なんで俺の心の中をいつも読めるんで?」


「はいはい。ケンカはそこまで。街の平穏を守る自警団同士で争ってちゃダメだよお」


「ぐぬぅ……ナオミ団長の言う通りですね」


「ホント、短気は損気ッスよ」とシロフォードはフラニーの頭を優しく叩く。


「気安くポンポンするなあっ!」


「まったくぅ」とナオミは呆れて肩をすくめる。


 デランド王国は自由度が高い運営方針のぶん、それだけプレイヤー同士の諍いも多い。

 白銀自警団アルジェン・ビジランツァーの主な活動内容も、王都とその周辺の治安維持に主眼が置かれている。

 モンスターを狩る際の強力要請といった、ゲーム本来の活動とは一線を画している。その辺はヴァシラ帝国の公認ギルドであるカムナ騎士団とは違い、すべてのプレイヤーの要請に応じる責務はない。あくまで自発的な行動として街の見回りや悪質なプレイヤーから初心者を保護する警護などを請け負っている。


 それゆえ、ギルドである白銀自警団アルジェン・ビジランツァーへの入団条件は『プレイ時間の一部を警護業務に割り当てること』になっている。

 それぞれが無理のない範囲で、街をより良くしていきたいというナオミの意思に賛同して、今では九〇人ほどの人員が集まる大所帯のギルドとなっていた。


 ここまで歩いている間にも白銀自警団の証である純白の装備に金装飾という出で立ちのメンバー数人と幾度かすれ違い、その度にナオミは「ご苦労さまです」と笑顔で挨拶をしていた。


「……にしても、これだけみんなが見回りしてくれているのに、最近はとくに物騒な話が多いなあ」


「そうですね」

 ナオミの独り言を受けて、フラニーが相槌を打つ。

「噂の域を出ませんが、<移民街>の評判がとくに悪いです」とフラニーは話を続ける。「アストラリアン同士で奴隷交易をしているとか、灰神教団と名乗る薄気味悪い集団が勢力を拡大させているとかで、真っ当なプレイヤーは気味悪がって誰も近づかない場所になりつつありますね」


「……<移民街>かあ、あそこはいつも問題だらけだねえ」


 制限を緩和し、多様な文化と人材を受け入れているからこそ、常に国力を強化できている。列強王国が連なるムーラシア大陸において、不定期に開かれる多人数バトル・イベント『紛争コンフリクト』で一度も領地を奪われたことがないという実績も、人材の確保が容易であることに起因している。


 デランド王国が国家として大きくなれば、それだけプレイヤーがホームとして移住してくる。その居住者数によるボーナスによって、経験値の獲得率や取得硬貨ドエルの増加、その他、いろいろな特典が付与されていく。


 二年前のバージョン4で、大規模な『紛争』が勃発し、その戦闘の勝利によって城下町のエリアが広がった。そのエリアを<移民街>と名付けて、さらに多くの旅人が足を止めて居住しやすい快適な環境にするのが当初の予定であった。

 だがバージョン6である現在では、自由な気風が仇となって、犯罪すれすれの道具や武器を密造する者や、狡猾に他人のアイテムを盗み出す窃盗集団などがはびこるようになり、王都デネーベでもっとも危険な場所という不名誉な肩書を拝することになってしまっていた。


「とはいえ、あそこには優秀な人材がごろごろいるから、迂闊に厳しい取り締まりもできませんしねえ」とフラニーも腕を組んで唸ってみせる。「<移民街>は人材の宝庫であると同時に、下手をすればフィールド上のモンスターより厄介なトラブルも満載です。まさに両刃の剣ですよ」


「まあ地道に、やれることをやっていくしかないよね。フラニーちゃんもあまり頑張りすぎないでね。真面目なのもいいけど、ゲームなんだから楽しむのが第一だと思うんだ」


「そうですよね!」


「こ、こちらになります」

 案内してきた男が足を止めて、通りの横を指さした。


 プレイヤーが集まって雑談できる酒場風の建築物。看板には<船上の黒猫亭>と書かれていた。

 ナオミも何度か利用したことのある店舗であるが、その店の横に、案内人が示しているような路地があったことに、これまで気付かなかった。


「こんなところに路地なんてあったんだ。知ってた?」とナオミは振り向いて仲間の二人を見る。


「まったく知りませんでした。このお店には友達としょっちゅうお喋りしにくるんですけどねえ……」とフラニーも不思議そうにまじまじと路地を見つめていた。「気にしたことがなかった、というのが正直な感想ですけど」


「ん……そうだよねえ」とナオミも笑顔で言う。「デネーベをホームにしている人間が、わざわざ人通りの少ない場所へ行こうなんて無謀なこと考えないもんね」


「この奥なんですけど……」と商人風の男が怯えたように小声で言う。「なんです。私は怖くてすぐ逃げてしまいましたが……」


「……案内、してもらっていいッスか?」とシロフォードが言う。


「は、はい。もちろんです」と案内人が先に進む。


 路地は一人が歩けるぎりぎりの狭さである。ナオミが先頭を進み、フラニー、シロフォードと続く。<船上の黒猫亭>の建物に沿って、一本道が左に折れると、そこはちょうど建物同士が密集して袋小路を形成している、ちょっとした広場のような空間となっていた。


 その袋小路の中央に、問題の代物があった。


「うわぁ……なんですかこれはあ?」とナオミが素っ頓狂な声で言った。

 奇妙な光景に、思わず後退あとずさる。活気あるメインストリートと違い、軽く動いただけでも重甲冑の接合部がこすれる音が大きく聞こえる。


 背の低いフラニーはナオミの肩越しに現場を見ようと何度も飛び跳ねる。

 細身のシロフォードはフラニーをすり抜け、ナオミの重甲冑に軽く手を当てて、道を開けるよう促す。


「あ、ごめんシロくん」と我に返って先へ進み、全員が広場へ入れるように位置取りする。


「ひえぇぇ……なにがどうなってんですかぁ? どうしたらこんな現象が起きるんです?」

 現場を見たフラニーはナオミの後ろに隠れる。


 商人風の男が言ったとおり、そこには確かに異常事態と呼ぶべきがあった。


「死体……って言っていいんスかねえ……。いや、アストラリアンだから死んでるってわけじゃないんだろうけど……なんにしても、こいつはいびつッスね」


 袋小路にあったもの。それはバラバラに切断されたアストラリアンの身体パーツであった。


 人間のアバターと比べても遜色のない表面の質感テクスチャ―とは裏腹に、パーツの裏側は薄ぼんやりと緑色に光りを放っている空洞となっていた。筋肉も骨もない、まるでプラモデルのようだった。

 かろうじてそれが人間を模したパーツであることを示唆するように、緑色の光は弱々しく明滅を繰り返しており、ゆっくりと呼吸をしているようでもあった。


 胴体は腰の部分で切断され、四肢は関節ごとにバラバラに解体されている。


 シロフォードは気圧される様子もなく、そのバラバラになったパーツの前でしゃがみ込み、切断された腕を持ち上げて、つぶさに観察してみた。


「切断面が均一じゃない。 ……ってぇことは、これは何かで切られた、と考えるべきッスかね?」とナオミの方へパーツを投げる。


「キャッ! ちょっとシロくん、仮にも人様の身体を放らないのっ!」

 慌てながらもしっかりキャッチしてからナオミは言った。


「もし、プログラム上のエラーか何かで身体が分離してしまったのなら、そんなアナログ的なギザギザや、波打つように不均一な切断の仕方で起こりますかね? もうちょっと駆動オブジェクトの塊で綺麗にバラバラに分解すると思うんスよね」


「確かに……」

 ナオミもパーツとなってしまった腕を見る。

 緑色に光る切り口は不均一であり、何者かがゲーム内の出来事――つまり攻撃的な行動として実行している可能性を示唆している。


「それにしても、あなたは一体なぜこんな路地に入って――って、あれ? さっきの商人さんは?」


「しまったっ!」

 シロフォードは慌てて駆け出していく。


「あ、こら! シロ! 勝手にどこいくの!」とフラニーが追いかける。


 シロフォードはフラニーの声には反応せず、一気に路地を抜けて<市場通り>まで出る。


 素早く周囲へ視線を走らせるが、すでに商人の姿はどこにもなかった。活気にあふれている夜の通りでは、一度見失った人物を探し出すのは不可能に近い。


「……怪しいってのは見え見えだったってのに……不覚にも現場にのまれてマークを外しちまうとは」

 シロフォードがそう呟いて吐息をつく。


「シーロ、シロシロ!」とフラニーが後から姿を表す。


「……ったく、その呼び名はやめてくれってお願いしたッスよね?」


「急に怖い顔して走り出すからでしょ」とフラニーは負けずに長身のシロフォードを見上げて言う。「商人さん、帰っちゃったの? 一言くらい挨拶してくれてもいいのに」


「まったく……ノンキな副団長さまだ」


「商人さんがどうかしたの? シロくん」

 ナオミが最後に路地から出てくる。


「あの野郎、俺たちに声かけてくる前からずっとプロフィールを秘匿マスキングしてましたよね」とシロフォードが周囲を見回しながら言う。


「あ、うん。そうだね。まあ名前を非表示にするのは別にそれほど珍しいことじゃないし、あまり気にしなかったけど」


「ええ。俺も最初はそんなこと気にしてなかったッス。特にこの国じゃ、気心が知れた人間以外に名前を教えたくないって奴も多いですし」とシロフォードは続ける。「ただ、アイツが嘘をついている可能性に気付いてからは、ちょっと考えを変えましたがね」


「ウソ?」とフラニーが言う。「あんな低姿勢で真面目そうな人が? ウソってなんですか? ちゃんと現場には異常なものがあって、それを私たち白銀自警団アルジェン・ビジランツァーに通報してくれて、しかも案内までしてくれたでしょう?」


「ああ、そうッスね。それもわざわざご丁寧に


「指名? 私を?」とナオミが自分を指差す。「でも、あの人は偶然見かけて声を掛けたって言ってたけど」


「野郎に声を掛けられて、この現場に来るまでに、いったい何組の見回り班に出会いました?」


 ナオミは何度もすれ違って挨拶をしたのを思い出す。


「そういえば……けっこうみんな真面目に巡回してくれていたねえ……あっ!」

 ナオミは気付いてシロフォードの顔を見る。

 シロフォードは頷いて、さらに話を続けた。

「そうなんスよ。もし通報だけしたいのなら、わざわざ遠く離れた場所にいた俺たちよりも先に、見回りの連中に必ず出くわしていたはずなんス。なのにあの野郎は平然と現場から遠く離れた場所で『偶然出会えた』なんてぬかしやがった」


「怪しい! 確かにそれは怪しいのです!」とフラニーが言う。


「んで、まあ、ちょいと勿体ない気はしたんですが『暴きの魔眼』をこっそり使って、アイツのプロフィールを覗いてみたんスが……」


「手がかりになるような情報が何もない捨てキャラだった……ってところかしら?」


「その通りッス」とシロフォードが頭を掻く。「レベルは1。装備も持ち物も何もなし。名前はジョン・ドウ……。ちなみにこの名前はアメリカの兵隊さんが身元不明の死体につける仮の名前ッス」


「そんな名前で登録するなんて不謹慎な人ですね」とフラニーが憤慨する。



「レベル1であるにも関わらず、この世界に慣れていて、デネーベの入り組んだ通りを歩けるってことは、明らかにサブ・アバターか、団長の言う通り捨てキャラでしょう」


 三人は雑踏の中でしばし沈黙する。それぞれが、この現状をどう整理すればいいのか考えていた。


「なんで、私だったのかしら?」とナオミが雑踏を眺めながら言う。


 シロフォードは分からないと言うように両手を広げて肩をすくめてみせる。


「最後にそれを聞こうと思って、あの野郎をマークしていたつもりだったんスけど……。こっちの気が逸れたのを敏感に察知し躊躇なく消えた。あのテクニックだけでも、只者じゃないことは確かですぜ」


「敵なのか……それとも味方なのか……」とナオミが呟く。


「それは何に対しての敵なんでしょう?」


 ……そうね……。そもそも、この状況を伝えた意味がわからなくては、これが協力なのか敵対行動なのかも、私たちには理解できない。


「で、どうします団長? あまり愉快な見世物じゃあないことだけは確かッスからね」

 シロフォードは親指でバラバラパーツのある袋小路を示す。

「しばらく通行止めにでもしておいたほうがいいんじゃないッスか?」


「そうしましょう。元老院のケテルさんには私から話を通しておきます。フラニーちゃん、信頼できる隊長クラスの人達を二、三名招集してください。情報を共有して、しばらくこの場所を立入禁止にします」


「承りました!」とフラニーは元気に敬礼する。


「転がってる身体のパーツはどうします?」とシロフォードが訊く。「とくに動いたりはしないでしょうけど、あのままってのも寝覚めが悪くなりそうッス」


「それも含めてケテルさんと協議しましょう。現状はそのままで」


「了解ッス」とシロフォードはやる気のない敬礼をする。


「こら! このシロちんがぁ! 敬礼はもっと敬意をもってやるものです!」


「じゃあ俺はもう少し周辺を探ってきます。まあおそらく手がかりになるような形跡は残しちゃいないでしょうがね」

 フラニーの言葉がまったく耳に入っていないかのようにシロフォードは手を上げて、とっとと<市場通り>の人混みの中へと消えていった。


「こらあ! 人の話を聞きなさぁい!」


 ……単なる悪質ないたずらなら、まだマシだと思えるけど。


 ナオミは、バラバラに切断されたアストラリアンのパーツを握ったときの感触を思い出して身震いする。


 ……攻撃できるはずのないNPC。

 もしも、そのNPCに対して物理的に損傷を負わすことのできる武器があるとしたら……それはとんでもない可能性を秘めているのではないだろうか。


 例えば、もしこれと同じことが


 アバターの損壊も心配だが、『フォースギア』と『パワーグローブ』によって一部の感覚を『錯覚』としてアバターと共有している現実の肉体や精神に、どれほどの影響を及ぼすのかわからない。


 腕や足を切断されたと『錯覚』するということは、そこに痛覚が生じるのではないか。

 そして、痛覚が感じられたのなら……人体の急所を破壊されたらどうなるのだろう。


 心臓、頭、頸動脈。アバターにはどれも付いていないが、その部分を激しく損壊されたりしたら、生身の肉体に『錯覚』はどのように作用するのだろうか……。


 ナオミは自分の妄想の恐ろしさに、思わず目を強くつむって大きく首を振る。


 ……なんだか嫌な気分。

 気味の悪い悪意のようなものが蠢いている感覚。


 ナオミは空を見上げる。賑やかな通りから見る空は、明るすぎて星も見えない。


 ……ラース君。私は元気だよ。ケテルさんも相変わらずのんびりマイペースにやってます。


 音信不通だったラース・ウリエライトから、およそ一年半ぶりの連絡。ようやく書き出しが決まったのに、とてもじゃないが今は返事を書く気分にはなれなかった。

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