037 夕日の決闘

■時間経過

■帝都ヴァンシア 近郊

■街道


「――前衛の枚数が少ないときは、どれだけ後衛にヘイトを集めて、それを捌くかがポイントになると思うよ」

「なるほど」

「欲をいえば、狩人ハンター吟遊詩人バードのような中遠距離をこなせる職業が望ましいけど、それもいない場合は魔導術師ウィザードよりは女神神官ディータプリーストの方が基礎能力上では適任かな。まあ、これはプレイヤーの練度にもよるけどね」


 ――結局。


 どれだけ色気がなかろうと、ラースにとっても嫌いではない内容なのだから、自然と饒舌になる。


 <狂女王の試練場>から<帝都ヴァンシア>までは、なだらかな下り坂。

 沈んでいく夕日を背にして、ふたりの影は細長く山道に伸びている。


「それでは、前衛が多すぎて後衛が少ない場合はどうですか?」

 バーナデットが純粋な眼差しをラースへ向けて問いかける。


回復役ヒーラーである女神神官ディータプリーストの役割としては、前衛のステータス管理だね。ヘイト・コントロールを含めた戦闘の全ては前衛に任せて、その彼らの攻撃支援と、回復。必要に応じて距離の離れている敵に対する牽制や攻撃も必要だけど、それはあくまで余裕ができてからでいい……」


 そこまで言って、少年に言われたことを思い出す。


 ……そうだ。彼女は法術での攻撃はできないんだった。


 余計なことを言ってしまったかとバーナデットの様子をみる。

 しかし、彼女はまるで気にしていないようだった。ぶつぶつと、これまでの戦闘経験を思い出しながら、なにかを確認するように指や顔を動かしている。


 熱心だな、とラースは微笑む。


 自分の役割を自覚しはじめて、自分の職業では何をするのが一番仲間に貢献できるのかを考える。

 あれこれ試行錯誤して、考えた連携がバッチリ決まったときの爽快感は、得も言われぬ快感である。


 ラースは初心者の頃の自分を思い出して、少し照れくさい気持ちになる。


 あれやこれやと偉そうに教えているが、自分だって初心者の頃は奇抜な戦法を思いついては、周囲の迷惑を顧みずに試して嫌な顔をされたものだ。


 ラースは後ろを振り向く。

 山の稜線に夕日がかかり始めている。もうすぐ一段と夕闇は深みをまして、彼誰時かはたれどきとなる。文字通り、薄暗くなり人の顔の判別が難しくなるというという意味だ。


 眉根に皺を寄せて、真剣に考え込んでいるバーナデット。


 どんな表情をしていても、ラースにとっては愛しさの対象でしかなかった。


 夕日に照らされて輝きを増す白金の髪。柔らかい光の粒子は、彼女の頬を優しく撫でていき、その柔らかさを際立たせている。


 可愛い。文句なく可愛い。


 そう思った瞬間、ラースは我に返り立ち止まる。


 ……ああ……俺はなにを和んでいるんだ。


 しっかりしろ、と首を振る。


 彼女と一緒に帰るというのは方便。聞かなければいけないことがあるということを忘れるな。


「どうしましたラース?」

 バーナデットが振り返って不思議そうにラースを見る。


 ラースは意を決して息を呑む。

「バーナデット……実は君に聞いておきたいことがあるんだ」


「なんですか?」と首を傾げる。「急に真面目な顔をされると、なんだか怖いです」


「あ、ごめん」とラースは頭を掻いて赤く焼けている空を見やる。「何から話せばいいかな……」


 空に答えがあるわけでもないのに、どうして人は困ると空を見上げるのだろうか。

 そんな関係のないことを考えている場合じゃない。

 つい、話をそらして先延ばしにしようとする思考を、無理やり引き戻すように、再びバーナデットへ視線を戻す。


「そもそもの最初から……ってことになるのかな。つまり、俺と君が出会ったときからのことだ」


「はあ……」と、ますます意味が分からないと言ったようにさらに首を曲げるバーナデット。


「いざ、話すとなると難しいな……ん?」


 山の稜線に太陽が隠れはじめる。バーナデットの端正な顔もしだいに薄闇の陰りを帯びていく。


 ――冒険者プレイヤー? 


 バーナデットの肩越しに、こちらへ向かって歩いてくる人影に気づく。


 これからソロで<狂女王の試練場>へ向かうのか、それとも待ち合わせなのか、単独の冒険者の姿が見て取れた。


 彼誰時とはよくも言ったものだ。かろうじて鎧を装備していることくらいは分かるが、夜の帳が降りようとしている夕闇の中では、そのシルエットだけではそれが騎士なのか戦士なのかも判別できなかった。


「そのお話は、今じゃないとダメなのですか? もしラースに時間があれば<かささぎ亭>で落ち着いて伺いますけど……」


「……いや、今ここで聞いてもいいかな」


自分の心が迷う暇を作ってはいけない。本能的に、自分にそう言い聞かせる。


「はい。わかりました」とバーナデットが笑顔で言う。


「僕にもぜひ聞かせてほしいね」


 バーナデットの後ろから声がする。

 近づいてくる冒険者に気づいていなかったバーナデットは肩を縮ませるほど驚き、慌てて振り向く。


 薄闇の中で、その鎧姿がはっきり視認できなかったのは、そもそも鎧の色がだったからだ。


「まさか……なんで……」


 ラースは言葉を失った。


 ――青騎士。


 ラースの脳裏で瞬時にあらゆる「なぜ?」が交錯する。


 なぜ、この場所にくる? 今日は魔導術を一度も使っていない。追跡可能な痕跡はないはずだ。

 なぜ、一人でくる? この間のように複数での襲撃ではない理由は何だ。いや、もしかしたら周囲に待ち伏せているのかもしれない。


 そして――。


 なぜ、普通に喋っている!


「なぜ、ここにいる?」

 それは問いというより、呟きであった。


「なぜ?」と青騎士は面白そうに繰り返す。「なぜここに、だって? どこにだって現れるさ。それが今の仕事ジョブだからな」

 顔の見えないフルフェイスの兜――アーメットを装着しているため、その表情

は見て取れないが、おどけた態度と声色から、明らかに嘲笑していることが分かる。


 バーナデットの表情が強張り、ラースの方へ身を寄せる。

 その怯えを察知したラースは、彼女を自分の後ろへと庇うように誘導する。


 違和感。


 <かささぎ亭>や<廃坑>に現れた機械人形オートマータのような『青騎士』と、いま目の前にいる、人間のように無駄の多い動きをする『青騎士』。


 姿形は同じだが、違う存在にしか思えない。


「……どうするつもりだ?」


「ん? 君の話を聞きたいな、と言ったじゃないか。ラース・ウリエライト君」

 青騎士の声は楽しそうに弾んでいる。


「……悪いが、プライベートな問題でね。アンタの前では話せないな」


「そうか。それは残念だ」

 青騎士はなおも楽しそうにおどけて言う。


「では、当初の予定通り行動するとしよう。ラース君、君はさっき、どうするつもりだ? と訊いたね」

 青騎士がウィンドウを開く。

 慣れた手付きでパネルを操作する様は、まさにプレイヤーの動きそのものであった。


「ここはひとつ、正々堂々と勝負しようじゃないか」


「勝負だと?」


 ……こいつは本当にあの『青騎士』なのか? なぜ<廃坑>のときのように問答無用で襲ってこない。


「勝者は相手の全てを手に入れる」と青騎士が声高に告げる。「単純だろ? 勝てば全てが手に入る。負ければ全てを失う」


「全てが手に入る、か……」とラースが呆れたように言う。「そんなインチキ臭い最強装備を揃えているくせに、まだ欲しい物があるのか? アンタは」


「まあね」と青騎士が肩をすくめる。「言ったろ? 今はこれが俺の仕事ジョブだ。君たち限定の追い剥ぎハイウェイマンといったところさ」


 青騎士がウィンドウを操作する。おそらく決闘デュエル申請のメニューを操作しているのだろう。


「もちろん。こんなまどろっこしいことをしないで、ことも可能だよ」と画面を操作しながら青騎士が続ける。「だが、それじゃあ僕の気が済まない。君には借りがあるからなあ、ラース君。そいつをしっかり返して、同じくらい苦しんでもらわないと……」


 「くっくっく」と卑屈な嬌笑を漏らす青騎士。


 ……借りだと? なんのことだ? 

 <廃坑>での出来事を思い出してみるが、あのときの『青騎士』を全滅させたのは俺ではない。突如現れた謎の少年アバターがやったことだ。


 ……だが、これは好都合だ。

 ラースは即座に思考を切り替える。

 ピンチであることに変わりはないが、状況としては最悪ではない。この『青騎士』が言っているように『決闘デュエル』による勝敗でこの場を凌げるのなら、それは安い買い物だ。


 <廃坑>での敗北を受けて、ラースは当面の間、自分の貴重品を重要なクエスト以外では持ち歩かないことにした。

 吹雪の短剣『ブリュシオン』もそうだが、常時装備していたお気に入りの『異端定理の魔杖』もレアレティが高い装備なので、いまは預かり屋に収納している。

 いつでも買い足すことのできる回復薬しか持っていない状態である現状であれば、『決闘デュエル』を受けて、こちらの持ち物を全て渡すことで帰ってくれるなら、その方が話が早い。


 仮に今、決闘の申し出を断って、この青騎士をホームへ飛ばしてしまった場合、次に強引に来られたら、それこそ間違いなく教会送りゲームオーバーだ。


 タイミングとしては今がもっとも被害が少ない。


 この青騎士の、人を見下している態度は癪に障るが、今はバーナデットとしっかり話をする時間を作ることが先決だ。


 青騎士から『決闘デュエル』の申請が送られ、自分の目の前に選択肢がポップアップされる。


 自分は強い。絶対に負けない。相手がそう思っている今が最大の好機だ。

 この人間臭い青騎士の自尊心を増長させるのは気が進まないが、実質的な痛手は最小限で済む。


『決闘』を受諾するため、ラースは中空に浮かび上がる<YES>のボタンへと手を伸ばす。


「待ってください」


 ボタンにタッチする寸前で、バーナデットが優しくラースの腕を握って止める。


「バーナデット?」


 どうして止める? と言いかけたが、彼女の表情をみて口をつぐむ。


 バーナデットと話をする時間を作るためにも、受けるべきだ。

 青騎士からの『決闘デュエル』を拒否したからといって、普通のプレイヤーのようにホームへ飛ばされるとは限らない。

 問答無用で襲われるより、はるかにリスクが低い。

 勝っても負けても、一度対戦した相手とはしばらく戦うことはできない。このルールを無理矢理破ろうとすれば、天下の往来である。今度こそ『執行者エグゼキューター』が不法改造者を取り締まってくれるはずだ。


 つまり、油断しているだからこそ、いま受けねばならない。


「わかっています。止めるつもりはありません」

 真剣な眼差しでバーナデットが言う。そして、毅然とした態度で青騎士を見据える。

「お願いがあります。条件はそのままで構いません。ですが『決闘デュエル』ではなく、『戦闘バトル』にしてください」


 青騎士は芝居がかって大きく首を振り、両手を広げて見せた。


 既視感。どこかで見たことのある感じ。だが、いつどこでだったかはハッキリと思い出せない。


「いいですとも。何人でこようとも、結果は何も変わらないからねえ」

 そう言うと『決闘デュエル』の申請をキャンセルし、新たに『戦闘バトル』の挑戦状を送りつけてくる。


 ラースの腕を掴んでいたバーナデットの手が離れる。

 彼女の澄んでいる蒼碧の瞳を見つめる。一緒に戦うことを選択した固い意志が宿っているようだった。


 ラースは彼女と手をつなぐ。空いている左手で<YES>のパネルをタッチした。


「行くよ。バーナデット」

「はいっ」


 中空に浮かぶ派手な<Ready>の文字。


「さあ!」と大げさに青魔合銀ブルーミスリルの大剣を抜き放ち構える青騎士。「もうすぐ陽が沈む。いいロケーションじゃあないか。夕日の決闘ってところか」


 楽しんでいる。どう見たってこれが団長やタチアナさんが言っていた最新鋭の監視ボットだとは思えない。


「好きなだけ魔導術を使いなよ。まずは、


『青騎士』に対して効果のある術は、いまのところない。

 だが、それはあくまで<廃坑>で遭遇したロボットのような『青騎士』についてである。

 自身の最大火力である『蛮神叫喚狂騒獄界燼マギトリア・バルゼスティ』ですら傷一つはおろか、ヒットポイントを一ポイントも削れなかった。


 いま、眼の前にいるこのふざけた『青騎士』はどうだ?


 ラースは定石通りの連撃を試してみることにする。

『短縮詠唱』を可能にする『異端定理の魔杖』を装備していないため、さすがにパワーアップしていても詠唱は必要のようだった。


 獄界の荒地を縛る鎖よ 

 絶望を纏いて其の枷と成れ

 鉄鎖シローリダ


 行動力を阻害する魔導術。


 異常なパワーアップのせいで、強度と大きさが増している鉄の鎖が地中から青騎士へ襲いかかり、ぎりぎりと締め付ける。


 青騎士はその鎖をじっと眺めている。身じろぎひとつしなかった。


 ラースは素早く次の術式のために印を結び始めた。


 詠唱中からラースの背後に不穏な雷雲が集まってくる。雲の合間には青白い稲光が邪悪なヘビのごとく、ちろちろと蠢くように明滅する。


 開け雷鳴の獄門

 全てを切り裂く

 残忍なる風の牙を伴ないて

 渇望のままに荒れ狂え

 豪雷崩牙刃ブロン・レピーディア


 印を切り、ターゲットである青騎士を指し示す。すると瞬く間に青騎士が雷雲に包まれる。無数の雷撃が獣の姿と化して、真空の刃が牙となる。壮絶な轟音を伴って蒼騎士の全身へ高電圧の雷と風の刃が襲いかかる。


 やはり魔導術の威力は増幅されている。雷の大きさと数は、普段の数倍あり、青騎士は逃げる余裕もなく雷撃にさらされ、その鎧は無限に続くかと思われる風の牙による真空攻撃によって削れていく。


 ――やはりだめか。


 派手な攻撃エフェクトではあるが、その渦中にいる青騎士は狼狽うろたえるどころか、なんでもなさそうにそのエフェクトを楽しそうに観察している。


「はははっ! コイツはすごい! こんな攻撃を真正面から受けているのに、傷一つつかないし、ノックバックもまったくしないじゃないかっ!」


 青騎士はまるでシャワーを浴びるように両手を優雅に広げて、落雷と風の牙による攻撃を受け続けていた。


 もしかしたら、これまでの『青騎士』とは違う種類であって、普通に攻撃が通じるかと思ったが、世の中はそれほどご都合主義ではなかったようだ。


 もともと負けるつもりで挑んだ勝負である。術を防がれたショックはないが、だからといって一方的にやられてしまうのも面白くはない。


 ……なんとか一泡吹かせたいが……。


 唯一効きそうなのは『閃光ランフィシィ』くらいか。もし、この青騎士がプレイヤーであるのなら、ヘッドマウントディスプレイで覗いている視界には細工の施しようがない。急激な明度の上昇による液晶の白焼けまでは防ぎようがないはずだ。


 ……まあ、もし成功したとしても、そこから攻勢に転じる方法がないんだが。


 一時的に視界を奪ったとしても、それ以外の攻撃が通らないのであれば、あまり意味はない。


豪雷崩牙刃ブロン・レピーディア』の発動が終わる。

 蒼騎士の鎧には傷一つなく、山の稜線に差し掛かった夕陽を受けて濡れているような邪悪な青紫の光を放つ。


 結局、あれだけ強化されている魔導術なのに、できたことは視界を塞いで動きを封じることくらいか。


「強くなりすぎるってのは、興ざめしてしまうものだなあ。ラース君」


 そう言うと、青騎士は青魔合銀ミスリルから生成された青い刀身の大剣を構える。


「あの人が言った通り」と青騎士は言った。「どれだけ強力な魔導術だろうと、傷一つつかないというのは本当だったわけだ。だとすると、この茶番の楽しみも、もはやない。一気に決めさせてもらうよ」


 そう言うと、構えた大剣を振りかぶって跳躍する。


 鎧を装備しているとは思えない速度で間合いがつまる。

 あまりの速さに度肝を抜かれたラースは回避するタイミングを失った。


 ――やばい! 出遅れたっ!


 完全に直撃コース。防御系の術を発動する暇さえない。


 そのとき、ラースの前にバーナデットが歩み出る。


 危ないっ!


 その言葉を口に出す間もなく、不吉な青い刃はバーナデットめがけて振り下ろされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る