024 雄叫びの正体

 かなり時間が掛かったものの、どうにか四匹全てのハウンド・リザードを撃退することに成功した。


「どうデスカ? ボクの華麗なるディフェンスからのカウンター・スラッシュ!」


 かなりのヒットポイントが削られたリンは、回復薬であるグリーン・ポーションを勢いよく喉に流し込みながら得意げに言う。


「ああ……そうだね、正直に言って雑すぎる。あとその防御力をほとんど期待できない紙装甲のビキニビッチ・アーマーをなんとかしてほしい」


 ラースはもはやなんの遠慮もなく、思ったことを口にするようになっていた。


「ムキー! たまにはホメてくださいヨ! 最近の子供はホメて伸ばすが常識デスヨ!」


「最近の子供って、リンはいくつなんだい?」


「ヨシ! 敵もいなくなりマシタ。お目当ての部屋へ入ってみまショウ!」


 ……都合が悪いとすぐ話を逸らすな。


 ラースは苦笑しつつも、あえて突っ込むことをせず扉の方へと歩いていく。


 リンが周囲に元気を与えてくれるという考え方は今も変わらないが、かといって、その破天荒な言動をすべて容認するという話ではない。


 ……とくに、敵を倒して調子に乗らすと、またどんな大ポカをされるか分からないからな。


 彼女のステキな部分は、声に出さずひっそりと心のうちにしまっておこう、とラースは心に決める。


 ……それに、俺がそんなことを喧伝しなくたって、すでにたくさんのファンが彼女を支えているんだろうしな。


「ドレドレ……」とリンが扉に掛けられている木製のプレートに表示されている文字を読み上げる。「採掘調査室、とありマスネ」


「当たりだな」とラースは言った。


 取っ手を回すと、鍵はかかっておらずスムーズに開いた。そっと中の様子を伺うラース。

 プレートが示す通り、中は無人の執務室といった感じだった。


「モンスターがいる気配はなさそうだ」

 ラースが慎重に中へはいる。リンは扉が自動で閉まらないよう、開いたままの状態を維持するように立つ。


「アッ! ラースたん! 宝箱が奥にありマスヨ!」

 リンが身を乗り出して指を指す。

 確かに、部屋の奥には大きめの宝箱が設置されている。


 全てを見通し暴く者

 その忌まわしくも愛しき魔性の眼で

 偽りなき姿を眼前に示せ


 ラースは『透視マティカノア』の呪文を詠唱し、指先で印を結ぶ。


 宝箱の前面に緑色の煙が漂うエフェクトが描かれる。これは術者であるラースにしか見えないエフェクトである。


「……緑だ。ステータス異常系の罠が貼ってある。俺とリンだけじゃ、開けるのは危険だな」

「エエ~。もったいナイ~」

「毒もらったり、麻痺で動けなくなってもいいなら、どうぞお好きに」とラースは続ける。「痺れて動けなくなったら置いていくからな」


「ウグゥ〜。ラースたんのイケズ~」とリンが舌を出す。


 ……もしも地図が宝箱の中だと厄介だな。ヨハンの回復を待って、もう一度ここまでこないといけない。


 ラースはリンの軽口を聞き流しながら部屋の中を物色する。ロッカーの中、そして机の引き出しを順に開けていく。


 三つ目に開けた一番下の引き出しに地図を発見する。


「よしっ! やっとツキが回ってきたかな」


 ラースは早速地図を開いて、現在位置を確認する。リンも近づいてきて覗き見る。

「……やっぱりこの階でも合流は難しいか」


 分断されているエリアはそのままであった。どこかの通路が繋がっているかもしれないという可能性は絶たれたが、逆を言えば探索エリアは半分で済むし、下へ行く階段への距離も近くなる。


「アノゥ……ラースたん」とリンが上目遣いに言う。

「どうした?」

「あの宝箱は開けても――」

「ダメだ」

 間髪入れずにラースは言う。


「アアア! ボクは目の間に宝箱があると開けずにはいられない性格なんデスヨー!」


「あのなあ」とラースはため息交じりに言う。「地図と同じ場所にあるような宝箱なんて、大したアイテムは入ってないよ。せいぜい良くて『レッド・ポーション』くらいだ」


「欲しいデス! 『レッド・ポーション』」


「……買えるだろ。いや、わかった。ダンジョンクリアしたら俺が買ってやる。だからとりあえずこの宝箱のことは忘れてくれ」


「ホントですか? 絶対デスヨ? 嘘ついたら生配信で糾弾しに行きますからネ!」


「あー、はいはい。十個でも二十個でも好きなだけどうぞ。ほら行くよ」


 ……ホント、幼稚園児の引率みたいだ。てか、一応ギルマスなんだから、それくらい自分で買えるだろうに。

 ラースは「やれやれ」と呟いて首を振る。


 ヨハンが回復に専念している小部屋へと戻る道中は、モンスターと出くわすことはなかった。


 だが時折、遠くの方で唸り声のようなものが聞こえてくる。


「……あの声ってなんでショウネ?」とリンが恐る恐る訊いてくる。

「なんだろうな。闇鬼ナイト・ウォーカーたちの耳障りな高音の呻き声とはちょっと違うしな。おそらく、サイズの大きい魔物だろう」


 さすがに洞窟内を反響して歪められている声を判別するのは難しい。

 レンジャーであるヨハンならもしかしたら聞き分けることが可能かもしれない。


「とにかくヨハンと合流だ。地図も手に入ったし、あとは次の地下六階を突破すれば仲間とも合流できる」


「オオッ! なんだかクリアが現実的になってキマシタヨー」

 とリンも嬉しそうにスキップする。


「浮かれるには気が早いぜ、お姫様」

 そう言いながら、向かう先の角からヨハンが現れた。


「ヨハンたん! 元気になったのダネ! よかったヨ」


「お陰様でね」と肩をすくめるヨハン。「部屋を出たらリンの声が通路に響いてるから見つけるのは簡単なんだが、ハッキリ言ってモンスターにも気づかれるからもう少し声のボリュームを抑えたほうがいいぜ」


「ハーイ」と小声でリンが言う。


「どれくらいだ?」とラースがヨハンに訊ねる。


「まあ八割方は回復って感じだな。充分だ」とヨハンは強気に片目を瞑ってみせる。


 またしても不穏な唸り声。腹の底に響いてくる重低音。地響きのように身体を揺さぶる音であった。三人は思わず周囲を見回して声の方向を特定しようとするが、まったく位置感覚がつかめない。


「なんだと思う?」とラースが訊く。


「反響が大きすぎて判別はつかないが」とヨハンが続ける。「できれば遭遇エンカしたくない系のモンスターであることは確実だな。ここまで全方位で聞こえるってことは、相当のサイズ感だろう」


 ラースは地図を確認する。

 地下六階へと続く階段は西の外れにある。


「見えない敵について考えても仕方ないか。先へ進もう」とラースは言う。「先頭はヨハン、その後ろにリンと俺だ。後方への警戒は俺がする。リンは左右の分かれ道や扉の動きを注意してくれ」


 各自が「了解」と応じる。


『潜伏』と『警戒』のスキルを有しているラースとヨハンがいれば、まず敵モンスターに奇襲されることはない。なので最も警戒すべきなのは出会い頭の遭遇戦という事故のような戦闘である。


 例えば、今まさに扉から出てくる敵がいたとしたら、敵はこちらに狙いをつけているわけではないから『警戒』スキルに反応しないし、目の前に出てくるので『潜伏』スキルによる視認性の低下も見込まれない。


 敵モンスターの規模や種類にもよるが、先手を取られて、さらにパーティを分断されるように現れてきた場合は、かなり面倒くさいことになる。


 ……回復役ヒーラーがいないってのは、それだけで気分的に落ち着かないな。


 リアル・アクティブ・バトルを採用しているゲームでは、戦闘の合間に、自分で回復アイテムを使用してヒットポイントを回復させるタイミングを図るのが難しい。

 地下四階で苦戦した、闇鬼ナイト・ウォーカーの群れのときもそうだが、攻撃を継続しなければいけないときに手を止めて回復をしなければならないのは、それだけでも教会送りゲームオーバーの危険がはらんでいる。


 本来ならば回復役ヒーラーを中心に戦闘職が道を切り拓き、その際に受けたダメージを回復してもらうという役割分担があればこその攻略である。


 ……まさか、六人編成フル・パーティが前提のダンジョンを半数で攻略することになるとは思ってもみなかったもんな。


 最初から三人縛りで攻略する、ということなら、それなりの準備をして挑んでいた。そして、それならば三人であってもクリアできる自信がラースにはあった。


 ……とはいえ、まともに魔導術が使えない今の状態でそんな無茶なことはしないけど。


 誤算続きのクエストとなってしまったが、まだラースは生きている。ヨハンもリンも諦めていない。


 ……だから、俺が諦めるわけにはいかない。


 周囲の風景が、レンガ造りのしっかりしたものから、土壁の洞窟のようになっていく。

 中心部からだいぶ離れてきたようだ。煌々と照らされていた燭台からの明かりもなくなり、薄暗い魔鉱石のぼんやりとした光源のみとなり、一気に視界が悪くなる。

 地面も水平ではなく、起伏が激しくなっていく。


「チッ」と舌打ちしてヨハンが左手を水平にあげて、待て、と合図する。

 それに呼応してラースとリンはその場で足を止めた。


「面倒そうな木偶坊でくのぼうがいやがるぜ」

 少し身をかがめて、ヨハンがさらに念入りに前方を睨みつける。


『千里眼』と『暗視』のスキルを持つレンジャーでなければ索敵できないほどの遠距離。

 前方に何者かがいるようだが、当然ながらラースとリンにはまったく見えていない。


「どうやら一匹だけのようだが」とヨハンがこちらへ振り向く。「ポイズン・ジャイアントだ。でかい図体で道を塞いでいやがるぜ。雄叫びの正体はコイツだな」


 ヨハンの目には暗がりの中にいる醜悪な毒の巨人の姿が映っている。皮膚はイボや瘤だらけで、濃淡入り混じった赤紫色の肌。頭髪はほとんどなく、絶え間ない憤怒の念によって表情は固く強張っている。粗野な布を腰に巻くだけで、手には獲物の返り血がこびりついて赤黒く変色している丸太のような棍棒を握りしめている。


 巨人であるが知能はほとんどない。その分、ヒットすれば大ダメージ確定の攻撃力と、滅多に怯むことのない耐久力を有している。素手による攻撃や噛みつき、あるいは毒息ポイズン・ブレスによる毒ステータス攻撃も驚異の一つである。


 しばらくヨハンが観察していたが、苛立たしげに首を振る。

「ダメだな。あの通路から移動しないということは、下の階層へ行かせないために固定配置されている敵ってことだ」


「そうか……。なら、覚悟を決めるしかないってことだな」

 ラースが言うと、リンも緊張した面持ちで自分のブロードソードを握りしめる。


 さすがにもう一度、ヨハンに『酔剣皆伝者ドゥランケン・ソードマスター』を発動してもらうわけにもいかない。あんなこと日に二度もしたら、いくら仮想現実とはいえ、なんかヤバい気がする。ヨハンの現実の精神にまで影響が出そうだ。


「ここは正攻法でいこう」とラースは言った。「リン。ここで少し頑張ってもらうことになる。俺と一緒にダメージ・コントロールをしつつ、ヘイトを集中させる。主力攻撃ダメージ・ソースはヨハンに託す。オーソドックスな狩りのスタイルだけど、回復役ヒーラーがいない分、シビアな戦いになる……。頼めるか?」


「ハイ! 頼まれマシタ!」

 リンは即答して敬礼する。


「ヨハンはとにかく旋回スピードを活かして死角から切り崩してくれ。リンの回復は俺がなんとかする」


「あいよ」とヨハンは装備している二振りの剣『暴風兄弟シュツルム・ブルーダー』を引き抜く。


「このダンジョンも、あともう少しだ。なんとか突破するぞ!」

 ラースは自分に言い聞かすように檄を飛ばした。

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