025 乱数調整

 リンが騎士の持つスキル『挑発』によってポイズン・ジャイアントの注意を自分に引き付ける。

『挑発』によって引き付けた敵が繰り出してくる攻撃に対してカウンターを放ってダメージを与えることができれば上級者なのだが、リンはそこまで上手くはない。

 意識してカウンターを狙ってはいるのだが、せいぜい数回に一撃ヒットすれば上出来といったところだ。


 散々迷った挙句、ラースはリンに対して自分が保有している『玄武古酒』を与えて防御力アップを図る。しかし、これは制限時間が切れれば逆に防御値が下がってしまうというギャンブル的な要素を組み入れたことにもなる。


 肌色が目立つ紙装甲である彼女が、さらに数値を下げたら、どれだけ防御に専念しようとも破壊力のある毒巨人の攻撃を受け止めることはできないだろう。


 ……だから、なんとしても効果が切れる前に倒さないといけない。


 中央でリンが踏みとどまって耐えていることによって、ヨハンがレンジャー特有の機動力を活かしたヒット・アンド・アウェイ戦法で着実に敵のヒット・ポイントを削っていく。


 ヘイト管理がシビアだな、とラースは戦況を冷静に分析する。


 リンは知らないことだが、ヨハンの持つ二振りの剣、『暴風兄弟シュツルム・ブルーダー』は、このゲームのプレイヤーではヨハンしか持っていないという、ある意味で貴重な武器である。

 とはいえ、トラコの『叢雲』のような桁外れの攻撃力があるわけではない。


 右手に持っている青い刀身の広刃剣カッツバルゲルは『蒼き疾風ブラウ・シュターム』といって、彼の攻撃速度に関するステータスを上昇させる効果を持っている。

 そして左手に握られているのは『真紅の嘘っぱちロート・リューグナー』と呼ばれている。見た目はほとんど同じだが、こちらはかなり特殊な性質を持つ魔法剣である。


 形としては同じ広刃剣カッツバルゲルタイプであり、青い刀身の両刃剣としてデザインされているのだが、『真紅の嘘っぱちロート・リューグナー』には片側に刃がない。

 この、刃がない方で敵の攻撃を受けると、その分のダメージを蓄積し続け、次の攻撃時に、それまで受け止めたダメージを割合変換されて、敵へ返すことができるという特質がある。


 使い方を極めればかなり強力な武器と成り得るが、そもそもダメージを蓄積していないときの攻撃は、どれだけ深々とヒットしたとしてもダメージはゼロである。


 さらに言えば、攻撃モーションが発動したら、その攻撃が避けられたり、障害物に当ってしまったとしても蓄積ダメージは開放されてしまうので、デリケートな剣さばきが必要となってくる。


 ……このまま、リンだけにヘイトを集中させておくと長引くな…。


にダメージ蓄積をしていかないと、やっぱ厳しいな」とヨハンが『真紅の嘘っぱちロート・リューグナー』を掲げてみせてラースへぼやく。


「……だよな。とは言え、リンの実力であれ以上のヘイト管理を頼むのも難しい。彼女は彼女で、いまのリズムを変えてしまうと、またいらぬダメージを受けそうだ」


「そうだな……。ま、敵の隙をつくしかないかねっと!」

 そう言うと、ヨハンは再び駆け出してポイズン・ジャイアントの死角へ回り込むように位置取りを開始する。


 ……少しだけ……ほんとにちょっとだけ。敵の意識を分散させる必要がある。


 ヨハンが狙っているのは本命の攻撃というよりは、間合いを測るような小出しの攻撃を受け止めることだ。

 レンジャーの防御力では、ジャイアント系が繰り出す正面からの強攻撃を受け止めるのはリスクが大きい。下手をすれば一撃で沈む可能性もある。


「やるしかないな……」


 ラースは再びウィンドウを操作すると『吹雪の短剣ブリュシオン』を装備する。


「ラースたん? そんな短い刃物でなにする気デスカ!」


 前衛へと出てくるラースへ驚くリン。


「リンはそのまま『挑発』を続けてくれ!」

 彼女に説明している時間の余裕はない。自分が彼女の『挑発』を発動させるためのリキャストタイムに合わせて動けばいい。


 リンがスキルを発動し、ポイズン・ジャイアントがリンへ棍棒を叩きつける。

 カウンター攻撃は失敗。


 ……だが、ここで刺せる!


 ラースはリンとは直角になる位置へと移動してから、巨大な相手の太ももあたりへ斬りつける。多少の斬撃ダメージと追加効果の氷属性のダメージが表示されるが、微々たるものである。


「ラースたん! 危ないデス!」


「……いや、これでいいんだ」


 ポイズン・ジャイアントにとっては蚊に刺された程度のダメージ量ではあるが、牽制行動である棍棒の横振り攻撃がラースめがけて放たれる。


「いっただきぃ!」


 すかさずヨハンがラースの前へ現れて『真紅の嘘っぱちロート・リューグナー』でその攻撃を受け止める。


 かなりのダメージ量を蓄積できたはずである。


「あと何発必要だと思う?」とラースが訊く。


「そうだな……。弱攻撃だから四、五発ってところだな」


「やれやれ」とラースは頭を掻く。「イヤらしいところをついてくる。やってやれないことはない、って感じの数字だな」


「ああ。いけるぜ」


 ポイズン・ジャイアントの牽制行動にはあと四パターンの動きがある。ヨハンが受け止められる行動パターンは、おそらく今の横振りと、バツ印を描くような軌道を描く攻撃のときくらいだろう。


 強攻撃に関してはリンの『挑発』で彼女へ当てさせて致命傷になる前に回復していけば、おそらくハメ殺しのパターンが出来上がるはずだ。


 リンのカウンターも何度かヒットしているし、回避行動中のヨハンも『蒼き疾風ブラウ・シュターム』でコツコツと体力を削っている。


 二撃。


 三撃。


 慎重に敵のパターンを観察しつつ、ヨハンの魔法剣へのダメージ蓄積を上げていく。


 ラースは、それぞれのヒットポイントへ常に気を配りながら、最優先でリンへ回復薬を投与する。


 ……ヨハンと俺は、とにかく直撃を受けないように動きながら、ヨハンへのダメージ貯金のために敵意ヘイトを分散させていく。


 ポイズン・ジャイアントへの直接攻撃は、魔導術師であるラースにとって常に危険と隣り合わせのリスキーな行動である。ほんの少し、棍棒がかすめただけでも大ダメージになりかねない。


 ……ヒットポイントを全回復させる『クリスタル・ポーション』の手持ちは五個。リンへの緊急回復用に残り二つは残しておくべき。リスクを背負って撃破への下準備をしているヨハンにも同様の保険が必要。


 つまり自分に使える緊急回復は一つだけ、ということになる。


 ヨハンもリンも、それぞれに回復アイテムを所持しているだろうが、それを引き出して使用している余裕はない。


 毒巨人が大きく振りかぶり、真下にいるリンへ咆哮と共に振り下ろす。


 バックラーという盾は防御面積が小さい。そのため、本来であれば相手の攻撃を受け流すことを念頭に置いて運用するべき防具であるが、リンの技術では完全に攻撃をいなすのは難しい。


「ウゥゥ……ッ! ニャァッ!」

 受け止めたバックラーの衝撃で大きくノックバックする。きちんと防御はできているので致命傷にはならないが、後退してしまう分、カウンター攻撃を繰り出すタイミングはなくなってしまう。


 リンの体力ゲージが二割を切って赤く点滅し始めた。ラースはすかさず『クリスタル・ポーション』を彼女へ向かって投げる。


「あざマス! ラースたん!」


「こちらこそだ。すまないけど、あと数発耐えてくれ!」


 ラースはリンとスイッチするように前線へ走り出て斬撃を繰り出す。ポイズン・ジャイアントが牽制攻撃のアクションを取る。その攻撃をヨハンが受け止める手筈になっている。


 ゆっくりと、ポイズン・ジャイアントが大きく息を吸い込む動作をする。


「――っ! ヨハン! 毒息ブレスだ!」

 ラースは言うが早いが、横っ飛びして緊急回避行動を取る。


「まーったく! めんどくせえパターンだなぁ!」

 飛び込んできたヨハンに紫色の毒霧が直撃するが、着地と同時に素早く回避行動を取る。


 数回転がったあと、その勢いのまま立ち上がり一息つく。


「喰らったか?」とラースが訊く。

「いや、ギリギリでセーフみたいだ」とヨハンも自分のステータスをチェックする。「少し足りないかもしれないが、次の攻撃で仕掛ける」


「わかった」とラースも短く答える。「リン! 次の攻撃でヨハンが仕掛ける! カウンターを狙ってくれ!」


 四、五発の攻撃を受ける必要があると言っていたのに、まだ三発目で行動を起こそうとしているヨハン。だが、そこに疑問を投げかけることをラースはしない。


 リンの体力も集中力も限界が近い。ヨハンがどんな作戦を考えているのか知らないが、ラースにとって、彼が下す決断を疑う理由はない。


 ……アイツが仕掛けると言うなら、そこには絶対に勝算がある。


 毒息を含めた一連の牽制攻撃が止む。

「リン! 頼んだ!」


「はいナ!」とリンが防御を固める姿勢をとって『挑発』を発動させる。

 獰猛な巨人の双眸がリンを睨む。身を屈めるようにして棍棒による渾身の薙ぎ払いがリンを襲う。


「いなしテェェェ! みせるニャア!」

 棍棒がバックラーにヒットする。踏ん張りすぎず、早すぎず、絶妙のタイミングでバックラーからの攻撃を身体の回転によって反らしていく。

「できたデス! 本日、華麗なる三回目のオォォ」と勢いづいて回転から巨人の脇腹へブロードソードで切り込んでいく。「ジャスティス・ギャラクティカ・カウンター斬りぃ!」


 ……ネーミングだっさ……。それに、華麗なる三回目の前に十二回ほどしくじってるけどな。


 リンのボケに思わず心の中でツッコミながらも、ラースは確かに華麗に決まった斬撃ダメージのエフェクトを確認する。


 幸運にも致命傷クリティカルヒットである。


「やったなリン! 決めるときは決める! アイドルの面目躍如だ!」


「ニャッハハハ! そう! めんもく……ソレな!」


 ……知らんのかい。


 ポイズン・ジャイアントがよろける動作。片膝をついて攻撃を止めた。


「おい木偶坊でくのぼう、乱数調整って知ってるか?」とヨハンが巨人の背後を取る。「ただ適当に剣を振るってた訳じゃないんだぜ。喰らいな!」


 跳躍してからの『真紅の嘘っぱちロート・リューグナー』による蓄積割合ダメージの開放。こちらもクリティカルヒット並みのダメージを叩き出す。


「オオ! すごいデスヨ! ヨハンたん!」とリンが素直に感動する。


「んで、こちらが本命だ!」とその場で身を捻って遠心力を込めた『蒼き疾風ブラウ・シュターム』の一撃を放つ。


 さらにクリティカルヒットが炸裂する。クリティカルヒットの連撃ボーナスがついて、さらにダメージが増加。


 ……そうか。『蒼き疾風ブラウ・シュターム』のクリティカルを出すための調整をしていたのか。


 もちろん、それは確率の問題であって必中ではないのだが、この切迫した状況でそこまでキャラクターの動きをコントロールしているのは流石である。


 片膝をついていたポイズン・ジャイアントが仰向けに倒れる。かなりのダメージを与えたが、ダウン状態になるということは、まだヒットポイントが残っているようだ。


「しくじったな」とヨハンはラースの横に戻ってきて言った。「ダウンする前に連撃を入れてとどめを刺すはずだったんだが……。起き上がりの無敵時間を与えちまった」


「いや、この状況であれだけ大ダメージを出してくれたんだ。もうほとんど勝ったも同然だよ」


「スゴイ! ヨハンたん! 強かったんダネ! 口先ばっかりじゃないんダネ!」


「なんか、もの凄いデジャヴュなんですけどー。トラコにも似たようなこと言われたなあ……」とヘコんでみせる。


 ラースはヨハンへ『クリスタル・ポーション』による回復を行う。

「起き上がってからの十秒間は無敵状態だから攻撃が通らない」とラースがリンに説明する。「だからどんな攻撃が来ても受け止める必要はない。距離を取って無敵時間が終わるのを待つんだ。あとは『挑発』で引き付けてくれるだけでいい。止めはヨハンがちくちくやってくれる」


「ちくちくデスカ」と笑いながらリンが言う。「そういう方がヨハンたんっぽいデス」


「とほほだよ……」とヨハンが項垂れる「さっきのシーンは女の子が惚れてしまう感じのやつじゃないのかねえ……」


 ……ま、男の娘だからな。

 と、心のなかで呟くラース。


「さあ、仕上げだ」


 ポイズン・ジャイアントが起き上がり、床に転がっていた棍棒を再び握りしめる。大きく身体を仰け反らせて大量の空気を吸い込む。


 毒霧ブレスか。


 安全圏まで距離を取っているから驚異にはならない。


 だが、違った。ポイズン・ジャイアントは叫び声を上げた。


 通常の、腹の底まで響いてくる重低音の雄叫びではなく、耳を覆いたくなるような高音の叫び声。そこには瀕死の獣が助けを求めるような悲痛な音が混じっている。


「ラースたん……これっテェェ……」とリンが半べそで呟く。


「時間をかけすぎたか……」とさすがのヨハンにも焦りの表情が浮かぶ。


「ああ。まったく……素直に通してくれる道がひとつもないな」とラースが言った。「この期に及んで仲間を呼ばれるとはね」

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